12. 動詞の種別 形態・意味・構文による分類


12.1. 存在動詞・所在動詞・繋合動詞

12.2. 静態動詞

12.3. 移態動詞

12.4. 動態動詞

12.5. 使役動詞

12.6. 魅了動詞

12.7. 判断動詞


●●● この章では、原則として、各動詞の代表形のみを紹介しています(1)(2)。それ以外の形態については第13章「動詞の活用」をご覧ください。


(1) 動詞の代表形 = 直説法・未完了相・現在・三人称単数主語・三人称補語で、与格補語表示動詞の場合は三人称与格補語に照応する形態


(2) 移態動詞は完了相の使用頻度が非常に高く、完了相の用例を示すのが自然なので、完了相の形態をも本章で紹介しています。

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12.1. 存在動詞・所在動詞・繋合動詞


12.1.1. 存在動詞 [絶対格主語・無補語・構文]

12.1.2. 所在動詞 [絶対格主語・処格補語構文]

12.1.3. 繋合動詞 [絶対格主語・叙述語構文]


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◘◘◘ 処格は、多くの文に随時現れる「副詞的な格」です。絶対格や与格のような「文法的な格」ではありませんが、本稿では、処格(または場所の副詞)の項がなくては文が成立しない場合に限り「処格補語構文」という分類をしています。◘◘◘


なおÇamlıhemşin-Ardeşen方言群では、処格接辞が消失して融合斜格になっています。

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存在動詞、所在動詞、繋合動詞は、ほぼ同一形態ですが(1)、構文が違います。一語多義と捉えることもできますが、本稿では同音異義語として扱っています。


(1) 肯定冠接辞{ko-} ~ {k-} (→ 11.8.2.)が存在動詞によくつきます。また中部・東部

方言で直説法・未完了相・現在・三人称・単数の繋合動詞が特定の疑問代名詞の後で

異形態をとります。


存在動詞、所在動詞、繋合動詞の基本的な法は直説法のみで、可能法、非人称法、経験法はありません。また直説法から派生する法は希求法と願望法のみで、命令法(2)、禁止法はありません。


(2) 未完了相過去形を命令法のつもりで使用している例を時に見受けますが、「あれか

し」に相当するトルコ語の表現の誤ったなぞりとしか考えられません。本稿ではこれ

を誤用と見做しており、したがって記述の対象にはしておりません。


この三種類の動詞の相は未完了相のみです。


存在動詞、所在動詞、繋合動詞から使役動詞(→ 12.5.)が派生することはありません。また分詞(→ 14.)および動詞的名詞(→ 15.)もありません。(3)


(3) トルコ語を常用しているラズ人は、トルコ語の単語とラズ語の単語が一対一で対応

していないことを忘れることがあります。トルコ語の動詞的名詞olmakが存在動詞、

所在動詞、繋合動詞に加えて「なる」「起こる」「(子供が)できる」などを意味する動

詞にも相当する超多義語であるため、「ラズ語の存在動詞には動詞的名詞はない」と

聞いて驚き、「いやトルコ語のolmakに相当するラズ語の動詞的名詞はある」と異論

を唱える人は珍しくありません。


動詞前辞(→ 11.7., 19.)が存在動詞、繋合動詞につくことはありません(4)


(4) 「所在動詞の語幹に動詞前辞と別種の語幹頭母音のついたもの」と考えられる静態

動詞があります( 12.2.2.)

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12.1.1. 存在動詞 [絶対格主語・無補語・構文]


ラズ語の存在動詞には、二種類の意味と用法があります。


1. 人や物の存在・非存在を表わす。「ある」「ない」「いる」「いない」


2. 期間を示す名詞句が主語になる場合には「ある状態が一定期間続いている」

ことを表わします。状態を表現する主節の前で副詞節として用い、「ここ三ヶ

月ずっと」「二時間前からずっと」などという意味になります。


代表形は西部方言でon, 中部・東部方言でren ~ yenですが、存在を表わす肯定文ではほとんど常に肯定冠接辞{ko-} ~ {k-}がつき、kon (西), koren ~ ko(y)en (中・東)となります。


●●● ラズ語の存在動詞は一語だけです。日本語にあるような「ある」と「いる」の区別はありません。


■■■ 中部・東部方言のren ~ yenは接尾辞化していて無強勢です(*)。それ以外の形態は、語頭の音節にアクセントがあります。


(*) 多くのラズ人が直前の語と続け書きをします。

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12.1.1.1. 人や物の存在・非存在を表わす場合


[A] 肯定


Ğormot’i kon. (西) Ğormot’i ~ Ğormotiは存在する。

~ Ğormoti koren. ()

~ Ğormoti koyen. ()


ğormot’i ~ ğormoti : ラズ人の古くからの信仰対象。現今では「一神教の唯一神」の

意味で用いる人もいる。

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[B] 否定


Nenei var-on. (PZ) Neneiなんていない。

Didamangisa var-on. (ÇM)(AŞ) Didamangisaなんていない。

Didamp’ilu va-ren. (FN) Didamp’iluなんていない。

Kçink’ok’ari va-ren. (FN-Abu) Kçink’ok’ariなんていない。


nenei, didamangisa, didamp’ilu, kçink’ok’ari:

(特にきゅうり畑)で悪さをする子供を先に金輪のついた棒で捕らえてさらう(

たは地下に引き込む)という老婆の姿をした魔物


kçin(i): (西部方言で形容詞) 白髪の

(中部・東部方言で名詞) 老婆


k’ok’ari: 高い枝に生[]っている果物を摘むために使う金輪のついた棒


●●●Arhavi郡以東の方言には、これに相当する魔物は見当たりません。

Arhavi方言でkçin-k’ok’ari, HopaおよびÇxala方言でxçin-k’ok’ariと言うと

「やせこけた醜い老婆」といった意味になります。


否定の場合は、否定辞var- ~ va-にアクセントがあり、存在動詞の本体は無強勢です。

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12.1.1.2. ある状態が一定期間続いていることを表わす場合


[A]


Vi(t) ndğa on, mç’ima va-mç’ims. (PZ) ここ十日間ずっと雨が降らない。

~ Viti ndğa on, mç’ima va-mç’iy. (ÇM)(AŞ)

~ Vi(t) ndğa ren, mç’ima va-mç’ims. ()

~ Vi(t) ndğa yen, mç’ima va-mç’ips. (HP)

~ Vi(t) ndğa yen, mç’vima va-mç’vips. (ÇX)


●●● 後述する「時の経過動詞」は、意味も形態も違います( 12.3.1.2.)

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[B]


●●● 詩歌では稀に次の例のようにorenという形態をとることがあります。諸方言の全活用形を比較すると、orenが存在・所在・繋合動詞の代表形の全方言共通の古形だったと推定することができます( 13.1.)


(ÇM)

Ç’emu-şk’imi, cur 3’ana oren, P’ursa (1) 私のÇ’emuは二年前からずっとBursa

町に(いる)


Ç’emu 男の名。Mustafaの愛称

-şk’imi 私の

cur 数詞の2。多くの方言でjur

3’ana

P’ursa トルコ北西部の都市Bursa。融合斜格(ここでは処格の機能)


(1) ÇamlıhemşinMek’alesk’irit村に在住していた故Hatice Demirkıran夫人の作詞作曲による三節からなるdestani (叶わぬ恋や、満たされぬ慕情を歌ったラズ伝統の「怨歌」)の第一節の冒頭の行です。


遠いBursaの町に出稼ぎに行ったきり帰らず、家も持たなければ嫁ももらわない息子に何年も逢えないでいる悲しみを歌ったものです。第二節は「第一節を歌ってからさらに四年も音沙汰がない・・・」と始まります。村には電話のなかった時代です。文字のない言語を話す人たちは、文字のある共通の異言語(たとえばトルコ語)の読み書きを習う機会がなければ「風の便り」以外に連絡の方法はなかったのです。

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12.1.2. 所在動詞 [絶対格主語処格補語・構文]


所在動詞、人特定所に「いる・ある・見当たらない」ことを示します。所在主は絶対格になり、場所は処格の名詞または場所の副詞です。


代表形は西部方言でon, 中部・東部方言でren ~ yenです。肯定冠接辞がつくことはありません。


Emine nak on ? - Oxoris on. (PZ) Emineさんはどこにいるの」「家だよ」

~ Emine so on ? - Oxori on. (ÇM)(AŞ)

~ Emine so ren ? - Oxoriz ren. (FN)(AH)

~ Emine so yen ? - Oxoyiz yen. (HP)(ÇX)


●●● 所在動詞も一語だけです。「ある」と「いる」の区別はありません。

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12.1.3. 繋合動詞 [絶対格主語・叙述語・構文]


繋合動詞は、人や物がなにか「 である」ことを表わします。数式で言えばA = B “ = に当たります。主語(等式の左側のAの項)絶対格の名詞か名詞に準ずるもの(代名詞や名詞句)に限ります。叙述語(等式の右側のBの項)絶対格の名詞(か名詞に準ずるもの)のこともあり、状態語(形容詞、分詞など状態を表わす語)のこともあります。


代表形は西部方言でon, 中部・東部方言でren ~ yenです。ただし中部・東部方言では特定の疑問詞の直後の位置で異形態oren ~ o(y)enを取ります(→ 12.1.3.2.)。肯定冠接辞がつくことはありません。


●●● ラズ語の繋合動詞は一語だけです。日本語の繋辞のように「である」「です」「だ」「でございます」といった文体の違いはありません。

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12.1.3.1. 代表形の用例


[A]


Ham, nana-şk’imi on. (西) これが母です。

~ Haya, nana-çkimi ren. ()

~ Aya, nana-çkimi yen. ()


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[B]


Ğvant msk’va on. (ÇM) Ğvant村は美しい。(*)


(*) この村の名は、絶対格でĞvant, 融合斜格はĞvandiです。ラズ語では、どの方言でも、有声閉鎖音(有声破裂音)は語末には立ち得ません。語末では自動的に /d/ [t] という変化が起こります。

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12.1.3.2. 異形態の用例 (中部・東部方言)


中部・東部方言では疑問代名詞のmi (誰、どなた)mu ()は、繋合動詞の前でそれぞれmin, munという異形態を取ります。 繋合動詞はmin, munの後で(接尾辞化する前の) 本来の形態になります。


[A]


Heya min oren ? () あれはどなたですか。あれは誰なの?

~ Eya min o(y)en ? (HP)

~ İya min o(y)en ? (HP)(ÇX)


minorenの間に発音の切れ目はありません。このため minoren ~ mino(y)enと続け書きする人もいます。Mi-n-oren という書き方も考えられます。


西部方言ではHim mi on ? と言います。


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[B]


Haya mun oren ? () これは何ですか。これ、なあに?

~ Aya mun o(y)en ? (HP)(ÇX)


munorenの間に発音の切れ目はありません。このためmunoren ~ muno(y)enと続け書きする人もいます。Mu-n-orenという書き方も考えられます。


西部方言ではHam mu on ? と言います。

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12.2. 静態動詞


12.2.1. Aø静態動詞 (*) [絶対格主語・無補語・静態動詞]

12.2.2. AD静態動詞 (*) [絶対格主語・与格補語・静態動詞]

12.2.3. Dø静態動詞 [与格主語・無補語・静態動詞]

12.2.4. DA静態動詞 [与格主語・絶対格補語・静態動詞]


[ø = ]

[A = 絶対格 < () absolutif, () absolutive]

[D = 与格 < () datif, () dative ]


(*) 「処格補語を要請する静態動詞」が多数あります。したがって「AL静態動詞」「ADL静態動詞」という項目を立てることが必要なのですが、動詞によっては「特定の意味の場合にのみ処格の項が不可欠である」ものもあり、単純ではありません。処格補語に関して十分な資料が集まった段階で補遺することにします。

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◘◘◘ 本稿では「無補語」という術語を「文が成立するのに必要不可欠な要素として特定の格の補語を要請しない」という意味で使っています。文中に副詞的な格(向格、奪格、処格、具格)の項が随時現れることを妨げるものではありません。 ◘◘◘


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◘◘◘ ラズ語の構文は多種多様で、静態動詞、移態動詞、動態動詞のいずれをとっても「自動詞」「他動詞」といった用語だけでは間に合いません。本稿では、動詞が与格補語を表示するか否か、主語と補語にどんな格を要請するかなどを明示して命名する方式を取っています。正式な名称は当然長いものになりますから、項目のタイトルにも「Aø静態動詞、AD静態動詞」のように略語を採用しています。◘◘◘

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ラズ語には静態動詞が多数あって「立っている」「坐っている」「知っている」「眠い」などの状態の継続を表現します。本章では使用頻度の高いものを選んで紹介しています。


静態動詞は能格主語をとることがありません。


静態動詞の基本的な法は原則として直説法のみです(1)。直説法から希求法、禁止希求法と願望法が派生しますが、命令法、禁止法はありません。


相は、完了相希求法の具わっている少数の語(2)以外は、未完了相のみです。


動詞的名詞や使役動詞が静態動詞から派生することはありません(3)。静態動詞と同根の動態動詞からは派生し得ます。


静態動詞には分詞はありません(4)


●●● (1) 顕著な例外は「知っている」という意味の静態動詞uçkin (中・東)(→ 12.2.4.)、可能法(açkinen)、非人称法(içkinen)があります。

(2) 完了相希求法の具わっている静態動詞は、次の10語が見つかっています。「動

詞の活用」の章で記述します( 13.3.)


aç’ven ~ aç’un (身体の表面の傷、口、喉、食道、胃が痛む)

anciren (眠い)

ançaminen ~ ançamins (かゆい)

apsen (尿意を催している、おしっこがしたい)

a3’unen ~ a3’k’unen (身体の深部が痛む) 

azgven ~ az*gven (便意を催している、うんこがしたい)

diç’in ~ diç’ç’in (ÇM)(AŞ) (必要である)

diç’irs (PZ) (必要である)

dvaç’in ~ dvaç’ç’in (ÇM)(AŞ) (特定の人物にとって必要である)

dvaç’irs (PZ) (特定の人物にとって必要である)

(3) oncirams (眠らせる、寝かしつける)は、日本語に訳すと使役動詞のようにも聞こ

えますが、形態論上「非使役語幹の能格主語・絶対格補語・動態動詞」です(→

12.4.11. EA動態動詞)


(4) 中部・東部方言の語彙çkineri(碩学)は、静態動詞uçkin(知っている)と同

語根で すが、分詞ではなく、名詞です。

なお静態動詞uçkin (知っている)(中・東)から派生したと称する動詞的名詞や使役動

詞の形態を記した出版物があるようですが、自然な会話での用例は見当たりません。

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12.2.1. Aø静態動詞 [絶対格主語・無補語・静態動詞]


この項で紹介する動詞には、処格の項を含む文を作るものが多数あります。所在動詞の場合と違って「処格の項がなくても文は成立する」ため、本稿では「無補語動詞」と分類しています。

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12.2.1.1. diç’ç’in (ÇM)(AŞ)「必要である」


例外的に完了相希求法の具わっている静態動詞です(→ 13.3.)

Ar puci diç’ç’in. (ÇM)(AŞ) 牝牛(= 乳牛)が一頭必要だ。


Pucepe diç’ç’inan. (ÇM)(AŞ) 牝牛が(複数)必要だ。


●●●「必要なもの」(= 主語)が複数であれば動詞は複数形になります。


同根のDA静態動詞 dvaç’ç’in (ÇM)(AŞ) (→ 12.2.4.10.)

「特定の人物に(あるものが)必要だ」

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12.2.1.2. dgun (西) ~ dgin (中・東)「立っている、立ち止まっている」


この動詞は、処格の項を含む文を作りますが、所在動詞の場合と違って、処格の項が なくても文は成立します。


Aydini hik dgun. (PZ) Aydini君があそこに立っている。

~ Aydini hey dgun. (ÇM)(AŞ)

~ Aydini hek dgin. ()

~ Aydini eko dgin. ()


動詞前辞を伴った形もあります。


eladgun (西) ~ eladgin (中・東) 「脇に立っている」

cedgun (西) ~ gedgin (中・東) (樹木が) 根を生やしている」


Atamba avlis cedgun. (PZ) 桃の木が中庭に根を生やしている。

~ Atamba avli cedgun. (ÇM)(AŞ)

~ Antama avliz gedgin. (中・東)


同根のAø動態動詞: dogutun (西) ~ dodgitun (中・東)「立ち止まる」( 12.4.7.2.)

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12.2.1.3. xers (PZ) ~ xen (ÇM)(AŞ)()()「坐っている、腰を下ろしている」


この動詞は、人(または人形、人体型のロボットなど)が「腰を下ろした姿勢でいる」ことを表わします。


この動詞は、処格の項を含む文を作りますが、所在動詞の場合と違って、処格の項が なくても文は成立します。


Musa k’ulis xers. (PZ) Musa君が(肘掛も背もない低い)腰掛に坐っている。

Musa k’uli xen. (ÇM)(AŞ)

Musa oz*z*os xen. (FN)

Musa orz*os xen. (FN)(AH)

Musa tronis xen. ()


動詞前辞を伴った形もあります。


elaxen 「脇に坐っている」

doloxen 「鉛直方向に深い閉鎖空間の底に坐っている」

meşaxen 「水平方向に深い閉鎖空間の奥に坐っている」

~ mişaxen (HPの一部)(ÇX)


同根のAø動態動詞: doxedun「坐る、腰掛ける、腰を下ろす」( 12.4.7.3.)

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12.2.1.4. ncars (西), ncans ~ cans (中・東)「横になっている、伏せている、寝ている、眠っている」


「停止姿勢動詞」の三番手のこの動詞は、人(または魔物など)が「水平に体を伸ばした姿勢でいる」ことを表わします。仰向けか、うつ伏せか、横向きに寝ているかなどは問題になりません。普通は眠っていることを前提とします。


西部方言形のncarsはしばしば音素 /r/ が脱落してncasと発音します。


この動詞は、処格の項を含む文を作りますが、所在動詞の場合と違って、

処格の項がなくても文は成立します。


Nuri nako nca(r)s ? (PZ) Nuri君はどこで寝ているの。

Nuri so ncay ? (ÇM)(AŞ)

Nuri so ncans ? (FN)

Nuri so (n)cans ? (AH)()


動詞前辞のついた形もあります。


elanca(r)s ~ elancans ~ elacans 「脇で寝ている」

dolonca(r)s ~ doloncans ~ dolocans 「狭い深い縦穴の底に横たわっている」


同根のAø動態動詞 dicinen (PZ) ~ dincinen (ÇM)(AŞ)「寝る」( 12.4.7.6.)

同根のEø動態動詞 incirs ( 12.4.11.4.)

1. (西)「眠る」

2. (中・東)「寝る ; 眠る」

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12.2.1.5. nçars (西), nçans ~ çans (中・東)(草木が枝や茎に)実をつけている」


この動詞は「すべての枝や茎に木の実(林檎や栗、はしばみなど)や草の実(苺など)たわわに生っている」ことを表わします。主語は草木です。


3’o m3xuli nça(r)s-i ? ( PZ)

~ Ham3’o m3xul nçars-i ? (ÇM)

~ Ham3’o m3xuli nçars-i ? (AŞ)

~ Han3’o m3xuli çans-i ? (FN-Sumla) (***)

~ An3’o m3xuli (n)çans-i ? ()


「今年、洋梨の木が(全体によく)実をつけていますか」


(***) FN-Ç’anapet, AH-Lome などの方言では øL (= 無主語処格補語) 構文でM3xuliz çansと言います。


動詞前辞のついた同根のAø静態動詞には語義のずれがあります。


e3’ançars ~ e3’a(n)çans (木の枝や草本が)何かの下に伸びている、生えている」

eyonçars ~ eyo(n)çans (木の枝や草本が)何かの上に伸びている、生えている」

goyonçars (西) (木の枝や草本が)何かに覆いかぶさるように伸びている」


nonçars ~ no(n)çans 「植物が一部の枝や茎に実をつけている」


動詞前辞{me-}(*)と語幹頭母音{-o-}の組み合わせが「ごく一部で(を、に、

)」という意味を担っています。


(*) 動詞前辞{me-}は母音の前で{n-}という形になります。


同根のAø動態動詞 inçanen ~ niçanen ~ içanen ( 12.4.7.5.)

(草木がすべての枝や茎に)実をつける」


同根のAD動態動詞 naçanen(植物に実が)生る」( 12.4.9.3.)

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12.2.1.6. zun (西), z*in ~ zin (中・東)「捨て置かれている」


静態動詞zun ~ z*in ~ zin は、主語が人や野生の動物の場合には「誰にも構ってもらえず見捨てられた状態で(ある場所に)いる」、主語が家畜や物の場合は「捨てられて、忘れられて、または所有者不明で(ある場所に)いる、ある」ことを表わします。


この動詞は、処格の項を含む文を作りますが、所在動詞の場合と違って、処格の項がなくても文は成立します。


Ar berci gzas zun. (PZ)

~ Ar berci gza zun. (ÇM)(AŞ)

~ Ar bergi gzaz z*in. (中・東)

~ Ar bergi gzaz zin. (東の一部)


「鋤[すき]([くわ], シャベル)が道に落ちている、捨ててある、忘れられている」


動詞前辞を伴った形もあります。


dolozun ~ doloz*in ~ dolozin 「縦に深い閉鎖空間の底辺に捨て置かれている」

meşk’azun ~ meşaz*in 「横に深い閉鎖空間の奥に捨て置かれている」

~ mişaz*in (HPの一部)(ÇX)


同根のAD静態動詞(絶対格主語・与格補語・静態動詞)

uzun, uz*in ~ uzin 「ある人のものが(ある場所に)ある」(→ 12.2.4.18.)

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12.2.2. AD静態動詞 [絶対格主語・与格補語・静態動詞]

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12.2.2.1. ekooms ~ ek’orumz (FN) 1.(動いている人や動物の)後ろを離れない」

2. 「後ろ盾になる」


構文 :「ある人が[絶対格]ある人の[与格]後ろについていて離れようとしない」


Bere nana-muşiz ek’ooms. (FN) 子供が母親の後について離れようとしない。


Heya si ek’egorumz. (FN-Ç’anapet) あの人は君の後をつけているよ。(*)


(*) この例文はMusa Karaalioğlu氏からの報告に依っています。


類義語 : ekoyun (ÇM)(AŞ-Dutxe) ( 12.2.2.2.)

ntxozun (FN) (→ 12.2.2.3.)

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12.2.2.2. ek’oyun (ÇM)(AŞ-Dutxe) (動いている人や動物の)後ろについて離れない」


T’ik’ani Mustafa ek’oyun. (ÇM)(AŞ-Dutxe) 子羊(*)Mustafaの後ろについて離れない。

(*) または子山羊


Him si ek’egoyun. (ÇM)(AŞ-Dutxe) あいつは君の後をつけているよ。


同義語・類義語

ek’ooms ~ ek’orumz (FN) (→ 12.2.2.1.)

naonen (ÇM)(AŞ) ~ naonams (AŞ)() (→ 12.4.15.3.)

ntxozun (FN) (→ 12.2.2.3.)

antxozen, ek’antxozay, ontxozun (AŞ)

nontxozun (AŞ-Dutxe)

antxozams, ek’otxozun (FN)

atxozen, ek’atxozen, natxozams, notxozun (AH)

natxozen (HP)

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12.2.2.3. ntxozun (FN)

(動いている人や動物の)後ろを(何かを期待して)離れようとしない」


Xasani Xuseniz para şeni ntxozun. (FN)


Xasani君はお金のために(= 金をせびろうとして、または借金を取り立てようとして)Xuseni君の後について離れようとしない」


●●● 同根で類義の動態動詞が多数あります。地域によって形態にも語義にも差異があ

ります。更なる調査が必要です。


antxozen, ek’antxozay, ontxozun (AŞ)

nontxozun (AŞ-Dutxe)

antxozams, ek’otxozun (FN)

atxozen, ek’atxozen, natxozams, notxozun (AH)

natxozen (HP)


類義語 : ekooms ~ ekorumz (FN) (→ 12.2.2.1.)

ek’oyun (ÇM)(AŞ-Dutxe) (→ 12.2.2.2.)

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12.2.3. Dø静態動詞 [与格主語・無補語・静態動詞]


ラズ語には主語が与格になることを要請する動詞が(静態動詞に限らず)多数あります。


与格主語静態動詞は、無補語のもの、絶対格補語を取るもの、奪格補語を取るものの三種類に分類できます。

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12.2.3.1. anciren (~ ancinen)(*) (自分が)眠い、(他人が)眠そうだ」


Ancirenは例外的に完了相希求法の具わっている静態動詞です(→ 13.3.)


(*) Ardeşen方言にはanciren ~ ancinenの両方の形態があります。


Fadumes anciren. (PZ) Fadumeさんは眠そうだ。

~ Fadume anciren. (ÇM)(AŞ)

~ Fadume ancinen. (AŞ)

~ Fadimez anciren. (中・東) Fadimeさんは眠そうだ。


同根のEø動態動詞 : incirs (→ 12.4.11.4.)

1. (西)「眠る」

2. (中・東)「寝る ; 眠る」

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12.2.3.2. apsen 「尿意を催している、おしっこがしたい」


中部・東部方言では完了相希求法が具わっています( 13.3.)


Beres apsen. (PZ) こどもがおしっこをしたがっている。

~ Bere apsen. (ÇM)(AŞ)

~ Berez apsen. (中・東)


同根のEø動態動詞「放尿する、排尿する、おしっこする」

psams (PZ) ~ psums (AŞ)(FN) ~ psims (AH)(HP) ~ psips (HP)(ÇX)


●●●「放尿する」はラズ語でなんと言うかと聞いた場合「地面に放尿する」という意味のdopsams ~ dopsums ~ dopsims ~ dopsipsのほうを答える人のほうが多いかもしれません。ラズ人は、Fındıklı郡方言形を例に挙げると、動詞前辞と語幹頭母音を組み合わせてdolopsums (瓶、袋などの中へ下に向かって放尿する), epsums (真上に向かって放尿する), ek’upsums (池、水溜りなど液体が溜まっている所に放尿する), elapsums (脇へ放尿する; 便器の外やシャツのすそを濡らしてしまう), eşapsums (間へ放尿する), e3’opsums (ものの下部へ放尿する), eyopsums (ものの上へ放尿する), gamapsums (窓から外へ放尿する), gelapsums (斜め下へ向かって放尿する), gepsums (真下へ放尿する; 寝小便する), mekapsums (小川の向こう岸へ向かって放尿する), meşapsums (尿瓶などの中へ水平に放尿する), napsen (尿をちびる), nopsums (木の幹、岩、壁などへ放尿する) ... などさまざまな排尿法を明確に言い分けます。大多数の動詞について同じことが言えます。詳しくは「動詞前辞」の章を見てください( 19.)

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12.2.3.3. şkorons () ~ şkirons () 「飢えている、ひもじい」


Heyaz şkorons. (FN) 「あの人は飢えているのです」

~ Hemus şkorons. (AH)

~ Emus şkirons. ()


類義語 「腹が減る、お腹がすく」(12.3.6.2.)

amşk’orinen (PZ)(AŞ) ~ amşk’urinen (ÇM-Ğvant)

~ amşko(r)inen () ~ amşkironen (HP)

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12.2.4. DA 静態動詞 [与格主語・絶対格補語・静態動詞]

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12.2.4.1. aç’ven ~ aç’un (身体の表面の傷、口、喉、食道、胃が)痛む」


代表形はほとんどの方言でaç’venですが、ArhaviPilarget村などではaç’unという 形態です。


例外的に完了相希求法の具わっている静態動詞です(→ 13.3.)


構文:「ある人の[与格] 身体の表面の傷、口、喉、食道、胃が[絶対格]痛む」


Himus tolepe aç’ven. (PZ) あの人は目の傷が(炎症が)痛いようだ。

~ Himu tolepe aç’ven. (ÇM)

~ Him tolepe aç’ven. (AŞ)

~ Heyaz tolepe aç’ven. (FN)

~ Hemus tolepe aç’un. (AH- Pilarget)

~ Hemuz tolepe aç’ven. (AH)

~ Emuz tolepe aç’ven. ()


同根の動態動詞: uç’ums (いらくさなどが)ひりひりさせる、炎症を

起こす、(食べ物が)胸焼けを起こす」


動態動詞ç’ums燃やす iç’ven「燃える」の語幹は{-ç’v-}で、uç’ums, aç’venの語幹と同じ形態です。

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12.2.4.2. alimben (PZ)「好きだ、愛している」


構文 :「ある人が[与格]ある人を[絶対格]愛している」


İsmas Fadume alimben. (PZ) İsma君は Fadumeさんを愛している。

~ İsma君はFadumeさんに思いを寄せている。

~ İsma君はFadumeさんが好きだ。

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12.2.4.3. ançaminen (西) ~ ançamins (中・東)「かゆい」


例外的に完了相希求法の具わっている静態動詞です(→ 13.3.)


構文 :「ある人の[与格]身体のある場所が[絶対格]かゆい」


Ayşes ciniki ançaminen. (PZ) Ayşeさんがciniki(*)の痒みを訴えている。

~ Ayşe ciniki ançaminen. (ÇM)(AŞ)

~ Ayşez ciniki ançamins. (中・東)


(*) ciniki : 肩とうなじの間のところ、襟首の少し下の辺り


同根のEA動態動詞 : inçaminams (西) (自分の)かゆいところを掻く」

~ inçamins (中・東)


同根のEDA動態動詞 : unçaminams 「かゆいところを掻いてやる」

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12.2.4.4. aoropen[1] (ÇM)(AŞ) 「好きだ、愛している」


構文 :「ある人が[融合斜格]ある人を[絶対格]愛している」


İsma Fadume aoropen. (ÇM)(AŞ) İsma君は Fadumeさんを愛している。

~ İsma君はFadumeさんに思いを寄せている。

~ İsma君はFadumeさんが好きだ。


同語根のEA動態動詞ioropinams「魅了する」(→ 12.6.2.1.)


●●● 中部・東部方言の同語根の動詞 :

 

DA移態動詞 aoropen[2] ()「惚れる、恋に落ちる」(→ 12.3.7.2.)

~ axoropen ()


ED動態動詞 oroms ()「好きだ、愛している、惚れている(*)(→ 12.4.14.4.)

~ xorops ()


(*) 語義が継続相であるため、未完了相のみで、完了相はありません。

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Pazar方言に、aropenという同義語があります。更なる調査が必要です。


●●● Ardeşen方言の一部にairopenという同義語があり、「複人称活用が崩壊した」と考えられる様相を示しています(ラズ語のこれ以外の静態動詞はすべて単人称活用です)更なる調査が必要です。

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12.2.4.5. a3’unen (西) ~ a3’k’unen (中・東) 「身体の深部が痛む」


例外的に完了相希求法の具わっている静態動詞です(→ 13.3.)


構文 :「ある人の[与格]身体の一部の[絶対格]深部が痛む」


Turgutis ti a3’unen. (PZ) Turguti君が頭痛を訴えている。

~ Turguti ti a3’unen. (ÇM)(AŞ)

~ Turgutiz ti a3’k’unen. (中・東)

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12.2.4.6. coxons (AH)()~ という名前である」


構文 :「あるひとが[与格] ~ という[絶対格]名前である」


Cuma-çkimiz Orhani coxons. (私の)兄は(弟は)Orhaniという名前です。

(私の)兄の(弟の)名前はOrhaniです。


同根の名詞 ncoxo (FN) ~ coxo (AH)()「名前(1)

同根のEDø動態動詞 ucoxams () ~ ucoxaps (HP) ~ ucoxops (ÇX)

「特定の人の名を呼ぶ」(→ 12.4.15.5.)

同根のEA動態動詞 icoxams () ~ icoxaps (HP) ~ icoxops (ÇX)

「どこにいるのか分からない人の名を呼ぶ」

「不特定の人を呼ぶ」(→ 12.4.13.4.)


(1) Coxo ~ ncoxoは「下の名前」のことです(西部方言ではyoxoと言います)。トルコ

共和国には1930年代の末まで「苗字」というものはありませんでした。ラズ人社会で

は下の名前に加えて伝統的に「氏族名」を用いますが、これは行政上の「姓」とは別

のものです。

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12.2.4.7. cozun (西) ~ gyoz*in (FN)~ という名前である」


構文 :「あるひとが[与格] ~ という[絶対格]名前である」


Cuma-şk’imis Orhani cozun. (PZ) (私の)兄の(弟の)名前はOrhaniです。

(私の)兄は(弟は)Orhaniという名前です。

~ Cuma-şk’imi Orhani cozun. (ÇM)(AŞ)

~ Cuma-çkimiz Orhani gyoz*in. (FN)


西部方言のcozunの未完了相過去形(→ 13.3.)には特殊な意味があります。

1. ~ という名前だった」

2.「こういう運命だったのだ」

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12.2.4.8. (k’ai) da3’onen[1] () ~ (k’ai) a3’onen[1] (HP ~ ÇX)

「気に入っている、嬉しい」


構文 : 「ある人にとって[与格]あることが[絶対格]喜ばしい」

~「ある人は[与格]あることが[絶対格]気に入っている」


この構文の絶対格の項は「ものごと」に限ります(人や動物ではあり得ません)。したがって常に三人称です。


肯定文の例


Mustavaz Lazuri osinapu k’ai da3’onen. (FN)

~ Mustafaz Lazuri op’aramit’u k’ai da3’onen. (AH)

~ Mustafas Lazuri ğarğalaps k’ai a3’onen. (HP ~ ÇX)


Mustafa君はラズ語を話すのが気に入っている」


Mustavaz, bere-muşik Lazuri na-isinapamz k’ai da3’onen. (FN)

~ Bere-muşik Lazuri na-ip’aramitams Mustafaz k’ai da3’onen. (AH)

~ Bere-muşik Lazuri na-ğarğalaps Mustafas k’ai a3’onen. (HP ~ ÇX)


Mustafa君は自分の子供がラズ語を話すのを嬉しがっている」


否定文の例


Heyaz dido monç’eri m3xuli k’ai var-da3’onen. (FN)

~ Hemuz dido monç’eri m3xuli k’ai var-da3’onen. (AH)

~ Emus dido monç’eri m3xuli k’ai var-a3’onen. (HP ~ ÇX)


「熟れ過ぎた洋梨はあの人の気に入らない様子だ」

Baba-çkimiz, da-çkimik İstanbuliz na-dodgitun k’ai var-da3’onet’t’u. (FN)

~ Da-çkimik İstanbuliz na-dodgitun baba-çkimiz k’ai var-da3’onert’u. (AH)

~ Da-çkimik İstanbulis na-dodgitun baba-çkimis k’ai var-a3’onet’u. (HP ~ ÇX)


「父は、(私の)()がイスタンブールに住んでいるのを快く思っていない」

同義語  ADø静態動詞 (k’ai) u3’ons (中・東)(→ 12.2.4.19.)


同音語 FındıklıÇ’anapet村では(kaiを伴わない裸の) da3onen を「望んでい

る、欲しがっている」という意味で用います。


同音語 DAP判断動詞 da3’onen[2] ~ a3’onen[2] (→ 12.7.2.)

「思い込む、取り違える」

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12.2.4.9. dubağun (PZ)(*)「満足する、甘んじる」


語頭の{d-}は、否定形でも消えることのない機能不明の動詞前辞です。(*)


構文 : 「ある人が[与格]あるもので[絶対格]満足する」


Himus ar m3xuli dubağun. (PZ) あの人は洋梨一個で満足する。

/ Ar m3xuli himus dubağun.


(*) Çamlıhemşin郡、Ardeşen郡、中部および東部の方言には、動詞前辞のつかないubağunという同義の語があり、肯定冠接辞がつくとdubağunという形態になります(→ 12.2.4.12.)Pazar郡方言の語形は「肯定冠接辞を同形態の動詞前辞と誤認した用法が定着して成立したものだ」という可能性があります。

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12.2.4.10. dvaç’ç’in (ÇM)(AŞ)「必要としている」


例外的に完了相希求法の具わっている静態動詞です(→ 13.3.)


構文 :「ある人が[与格]あるものを[絶対格]必要としている」


Himu ar puci dvaç’ç’in. / Ar puci himu dvaç’ç’in. (ÇM)

~ Him ar puci dvaç’ç’in. / Ar puci him dvaç’ç’in. (AŞ)


「あの人は牝牛(= 乳牛)を一頭必要としている。あの人には牝牛が一頭必要だ」


同義語 uk’or- + ( 12.2.4.14.)

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12.2.4.11. şun (西) ~ şuns ()「覚えている」


構文 :「ある人が[与格]あることを[絶対格]覚えている」

~「あることが[絶対格]ある人の[与格]記憶にある」


Ğoma mi moxt’u, Amedis şun-i ? (PZ)

~ Ğoma mi moxt’u, Amedi şun-i ? (ÇM)(AŞ)

~ Ğoma mi moxtu, Amediz şuns-i ? ()

~ Ğoman mi moxtu, Amediz şuns-i ? ()


「昨日誰が来たかをAmedi君は覚えているだろうか」


同根のDA移態動詞 gvaşinen 「自然に思い出す」(→ 12.3.7.4.)

~ gaşinen

同根のEA動態動詞 goişinams 「偲ぶ」(→ 12.4.13.3.)

同根のEDA動態動詞 gvoşinams 「思い出すように仕向ける」( 12.4.17.1.)

~ goşinams

同根のEDA動態動詞 guşinams (PZ)「思い出すように仕向ける」(→ 12.4.17.2.)

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12.2.4.12. ubağun (ÇM)(AŞ)(中・東)「満足する、甘んじる」


西部方言では肯定冠接辞{d-}が高頻度でつきます。


構文 : 「ある人が[与格]あるもので[絶対格]満足する」


Himu xut kilo domates (d)ubağun. (ÇM)

~ Him xut kilo domatesi (d)ubağun. (AŞ)

~ Heyaz xut kilo domatesi ubağun. (FN)

~ Heyaz xut kilo balucaği ubağun. (FN-Ç’anapet, Ç’urç’ava ...)(1)

~ Hemus xut kilo domates ubağun. (AH-Pilarget)

~ Hemuz xut kilo domatesi ubağun. (AH)

~ Emuz xut kilo domatez ubağun. ()


「あの人はトマト5kgで満足する」(2)


(1) トマトをbalucağiと言うのはFındıklı郡の一部の方言だけのようです。

(ペルー原産の植物のラズ語の名称が元からあったわけはありません。何か別の意味だった語を転用したはずですが、文字無し言語の悲しさで起源を知る手立てはありません)


(2) トルコではさまざまな料理の材料として大量にトマトを消費します。一回の買い物で2,5kg ~ 5kg ~ 10kgとまとめて買うのが普通です。


同義語 : dubağun (PZ)(→ 12.2.4.9.)

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12.2.4.13. uğun(植物、無生物を)所有している」


構文 :「ある人が[与格]あるもの(植物または無生物)[絶対格]所有している」


Himus jur oxori uğun. (PZ) あの人には家が二軒ある。(*)

~ Himu cur oxor uğun. (ÇM)

~ Him cur oxori uğun. (AŞ)

~ Heyaz jur oxo(r)i uğun. (FN)

~ Hemus jur oxor uğun. (AH-Sidere)

~ Hemuz jur oxo(r)i uğun. (AH)

~ Emuz jur oxoi uğun. ()


(*)「高原の季節集落に一軒、低地の主要居住地に一軒、合わせて二軒の家がある」という意味のこともありますが、多くは「第一夫人宅と第二夫人宅と二軒ある」という意味です。トルコ共和国は政教分離で一夫一婦制を敷いていますが、イスラーム社会であるため一夫多妻の現実を容認するのが普通です。トルコ共和国の場合、一軒の家に複数の妻を住まわせることは稀で、妻の数だけ家を建てるのが常識です。


類義語 : u(y)onun (西・中) ~ ux’oun/ux’onun () (→ 12.2.4.17. )

(人または動物を)所有している」

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12.2.4.14.-kor- ~ -kord-


同語根と考えられる三つの静態動詞をこの項にまとめてみました(この動詞は、Ardeşen, Hopa, Çxala方言には分布していないようです)


同形態の語根 EA動態動詞korums/koruy/korups (縛りつける)


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12.2.4.14.1. (PZ) uk’oren 「足りない(と感じている)


構文 : 「ある人が自分にとって[与格]あるものが[絶対格]足りないと感じている」


Himus ar oxori uk’oren. あの人は(自分用に)家が一軒不足しているとこぼしている。

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12.2.4.14.2. (ÇM) nok’ordun「一部分が足りない(と感じている)


Ma ar yat’oni memok’ordun. (ÇM-Ğvant) (私の用途に)丸太が一本足りない。


yat’oni ~ yattoni (西) :

1. (PZ) 細長い木材

2. (ÇM-Ğvant) 丸木、丸太

3. (AŞ-Ok’ordule) 伐採していない、または伐採しにくい樹木

4. (AŞ-Ortaalan) 木の幹 ; 角材


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12.2.4.14.3. (FN)(AH) 「必要としている」


uk’o(r)oms (FN-Ç’ennet)

~ uk’orems (FN-Sumla, Ç’anapet )(AH-Jin-Napşitなど) (***)

~ uk’orams (AH 中心部)

~ uk’ors (AH 中心部)


構文 : 「ある人が[与格]あるものを[絶対格]必要としている」


Heyaz ar oxo(r)i uk’o(r)oms. (FN-Ç’ennet) あの人に家が一軒必要だ。

~ Heyaz ar oxo(r)i uk’orems. (FN-Sumla, Ç’anapet)(***)

~ Hemus ar oxor uk’orems. (AH-Jin-Napşitなど)(***)

~ Hemuz ar oxo(r)i uk’orams. (AH 中心部)

~ Hemuz ar oxo(r)i uk’ors. (AH 中心部)



●●● (***) 語幹脚(直説法の未完了相標識)のうち{-em}は出現度の非常に低いものです。


同義語 dvaç’irs ~ dvaç’iren (PZ)

dvaç’in (ÇM) ~ dvaç’ç’in (AŞ) (→ 12.2.4.10.)

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12.2.4.15. unon ~ unons (中・東)「望んでいる、欲しい、欲しがる」


代表形はほとんどの方言でunonですが、FındıklıÇ’ennet村などではunonsと言い ます。


構文 :「ある人が[与格]あるものを[絶対格]望んでいる、欲しがっている」


Heyaz ar biç’i unon. (FN) あの人は男の子を欲しがっている。

Heyaz ar biç’i unons. (FN-Ç’ennet)

Hemuz ar biç’i unon. (AH)

Emuz ar biç’i unon. ()



Cf. Eø動態動詞gorums (西) 1.「探す」2.「望んでいる、欲しい、欲しがる」

(中・東)「探す」

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12.2.4.16. uşk’un (西) ~ uçkin (中・東)「知っている、分かる」


構文 :「ある人が[与格]あることを[絶対格]知っている」

「ある人に[与格]あることが[絶対格]分かる」


Himus Lazuri nena uşk’un-i ? - Kuşk’un. (PZ)

~ Himu Lazuri nena uşk’un-i ? - Kuşk’un. (ÇM)

~ Him Lazuri nena uşk’un-i ? - Kuşk’un. (AŞ)

~ Heyaz Lazuri nena uçkin-i ? - Kuçkin. (FN)

~ Hemuz Lazuri nena uçkin-i ? - Kuçkin. (AH)

~ Emuz Lazuri nena uçkin-i ? - Kuçkin. ()


「あの人はラズ語を知っていますか」「知っていますよ」

  ~ 「あの人にはラズ語が分かりますか」「もちろんですよ」


Kuşk’un, kuçkinの語頭の{k-}は、肯定冠接辞( 11.8.2.)です。


Cf. EA動態動詞içinams(人または動物を)知っている」( 12.4.13.5.)


●●● 中部・東部方言のuçkinには、静態動詞には非常に珍しいことですが、可能法や非人称法の形態が具わっています( 13.3. 静態動詞の活用)

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12.2.4.17. uyonun ~ uonun (西・中) ~ ux’oun/ux’onun ()(人または動物を)所有している」


構文 :「ある人に[与格]家族または家畜が[絶対格]ある」


Himus otxo bere uyonun. (PZ) あの人には子供が四人ある。

~ Himu otxo bere uyonun. (ÇM)

~ Him otxo bere u(y)onun. (AŞ)

~ Heyaz otxo bere uyonun. (FN)

~ Hemuz otxo bere uyonun. (AH)

~ Emuz otxo bere ux’o(n)un. ()(1)


(1) HopaPeronit村などでuxonun, 同郡Mxigi村などでuxoun


類義語 uğun (→ 12.2.4.13.)(植物または無生物を)所有している」

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12.2.4.18. uzun (西), uz*in ~ uzin (中・東)(特定の人の)所有物が置いてある」


構文 :「ある人の[与格]あるものが[絶対格]置いてある」


この動詞は、次の例のように処格の項を含む文を作りますが、所在動詞の場合と違って、処格の項がなくても文は成立します。


Cemalis bergi axiris uzun. (PZ) Cemali君の鋤()が家畜小屋に置いてある。

~ Cemali bergi mandre uzun. (ÇM)(AŞ)

~ Cemaliz bergi mandrez uz*in. ()

~ Cemaliz bergi axiris uzin. (HP-Azlağa)


同根の静態動詞zun, z*in ~ zin「捨て置かれている」 (→ 12.2.1.7.)

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12.2.4.19. (k’ai) u3’ons (中・東)「気に入っている、喜ばしい」


構文 : 「ある人にとって[与格]あることが[絶対格]喜ばしい、嬉しい」

~「ある人は[与格]あることが[絶対格]気に入っている」


この構文の絶対格補語は「ものごと」に限ります(人や動物ではあり得ません)


肯定文の例


Mustavaz, bere-muşik Lazuri na-isinapamz k’ai u3’ons. (FN)

~ Bere-muşik Lazuri na-ip’aramitams Mustafaz k’ai u3’ons. (AH)

~ Bere-muşik Lazuri na-ğarğalaps Mustafaz k’ai u3’ons. ()


Mustafa君は自分の子供がラズ語を話すのを嬉しがっている」


否定文で「気に入らない」という表現の例


Heyaz dido monç’eri m3xuli k’ai var-u3’ons. (FN)

~ Hemuz dido monç’eri m3xuli k’ai var-u3’ons. (AH)

~ Emuz dido monç’eri m3xuli k’ai var-u3’ons. ()


「熟れ過ぎた洋梨はあの人の気に入らない様子だ」



同義語 AD静態動詞 (k’ai) d

a3’onen[1] ~ (k’ai) a3’onen[1] 中・東)(→ 12.2.4.8.)


同音語 FındıklıÇ’anapet村では(k’aiを伴わない裸の) u3’ons を「望んでいる、

欲しがっている」という意味で用います。

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12.3. 移態動詞


語根が -xv- ~ -v- ~ -y- ~ -ø- のもの


12.3.1. iyen ~ iven ~ ixven ~ ixvapun/ ix’opun

12.3.2. ayen ~ aen ~ aven ~ axven ~ axvapun


語根が -xv- ~-v- ~ -y- ~ -ø- 以外のもの


12.3.3. øø 移態動詞 [無主語・無補語・移態動詞]

12.3.4. øD 移態動詞 [無主語・与格補語・移態動詞]


12.3.5. Dø移態動詞 [与格主語・無補語・移態動詞]

12.3.6. DC移態動詞 [与格主語・同族補語・移態動詞](1)

12.3.7. DA移態動詞 [与格主語・絶対格補語・移態動詞]

12.3.8. DL 移態動詞 [与格主語・処格補語・移態動詞]

12.3.9. D.Dir 移態動詞 [与格主語・方向格補語・移態動詞]

12.3.10. D.Abl 移態動詞 [与格主語・奪格補語・移態動詞]


[ø = ]

[A = 絶対格 < () absolutif, () absolutive]

[Abl = 奪格 < () ablatif, () ablative]

[C = 同族 < () congénère, () cognate]

[D = 与格 < () datif, () dative]

[Dir = 方向格 < () directif, () directive]

[L = 処格 < () locatif, () locative]


(1) 同族補語 : 日本語の「歌を歌う」「踊りを踊る」のように、見かけは補語のようであるが動詞の表わす語義を補足する役割は担っていないもの。同族補語があってもなくても、文の意味は変わりません。



●●● 静態動詞が「静的な状態」を表わすのに対し、移態動詞は「状態の推移」を表わします。


移態動詞の未完了相は「一般的な真理」や「近未来」を表わします。


完了相は、基本形が「推移の結果生じた現在の状態」を、複合形(3)過去の状態を表わします。


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◘◘◘ ラズ語の構文は多種多様で、静態動詞、移態動詞、動態動詞のいずれをとっても「自動詞」「他動詞」といった用語だけでは間に合いません。本稿では、本章以降は、動詞が主語や補語にどんな格を要請するかなどを明示して命名する方式を取っています。正式な名称は当然長いものになりますから、項目のタイトルにも「Dø移態動詞、DC移態動詞」のように略語を採用しています。◘◘◘

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移態動詞の基本的な法は直説法のみです。直説法から希求法、禁止希求法、願望法が派生します。命令法と禁止法はごく一部の動詞にしかありません。


移態動詞から使役動詞が派生することはありませんが、移態動詞と同根で形態と語義が「使役動詞的な」動詞がいくつかあります。「擬似使役動詞」と呼ぶこともできますが、本稿では「魅了動詞」と名付けています( 12.6.)

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12.3.1. iyen ~ iven ~ ix’ven ~ ixvapun ~ ixopun


同音異義の動詞が三語あります。


代表形はiyen (西)(FNの一部) ~ iven () ~ ix’ven (HP) ~ ixvapun/ ix’opun (ÇX)です。


完了相はほとんど常に肯定冠接辞{do-} ~ {d-}を伴います。肯定冠接辞を括弧内に入れて直説法・完了相基本形・三人称・単数の形態を示します。


(d)iyu (西)(FNの一部) ~ (d)ivu () ~ (d)ix’u ()


12.3.1.1. (○○) なる [絶対格主語(または無主語)・叙述語]

12.3.1.2. (時が)経つ」 [名詞節・期間を示す名詞句]

12.3.1.3. 「熟れる、焼きあがる」 [絶対格主語・無補語]

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12.3.1.1. (○○) なる  [絶対格主語(または無主語) ・叙述語]


この動詞は「人がこれまでとは違う身分・姿などになる」「生物・無生物がこれまでとは姿・形・用途などの違うものになる」ことを表現します。昆虫や両棲類の変態などもこの動詞で表わします。


主語も、変化した結果の「身分、姿、もの」も絶対格です。「変化の結果」は、状態語(叙述形容詞など)のこともあります。


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[A]


異化動詞の未完了相は「一般的な真理」や「近未来」を表わします。


3’arik’op’ali imordasis mayare iyen. (PZ)

~ 3’arik’op’p’al(i) imordasi maari iyen. (ÇM)(AŞ)(***)

~ 3’k’ak’op’ali dirdayiz mai iven. (FN)

~ 3’k’ak’op’al(i) dirdaşi mai iven. (AH)

~ 3’k’ak’op’ali dirdaşi max’ax’i ix’ven. ()


「おたまじゃくしは大きくなると蛙になる」


ラズ語の「おたまじゃくし」は複合語です。


3’arik’op’(p’)ali (西) < 3’ari () + k’op’(p’)ali (先の太い棍棒)

3’k’ak’op’ali (中・東) < 3’k’a () + k’op’ali (先の太い棍棒)


mayare (PZ) ~ maari (ÇM)(AŞ) ~ mai () ~ max’ax’i ()は、池や沼、水田など水辺で棲息する緑色の小型の蛙(アオガエルやアマガエル)です。


ヒキガエル(蝦蟇[ガマ])は、poxo (PZ) ~ mcvabu (ÇM)(AŞ) ~ mjvabu (中・東)と言います。(***)


(***) Ardeşen郡のĞere村などの方言ではmcvabuが蛙と蝦蟇の総称です。


[現今のラズ語域に沼や水田は見当たりませんが、昔は海辺に湿地帯があり、一時期は水田耕作をしていたそうです。後に沼沢地の埋め立てが進んですべて市街地や道路になり、さらに自動車道路を造るために海を埋め立てているため、海岸部の昔日の面影はなくなっています]


●●● 音素 /x’/ は、東部方言にしかありません。「蛙」を意味する語の諸方言の形態を比較すると、次のような音韻変化の仮説を立てることができます。


() max’ax’i → *maaimai


(PZ) max’ax’i → *maai → *mayayi (1) → *mayayemayare (2)

(*mayari (2) → mayare)


(ÇM)(AŞ) max’ax’i → *maai → *maayi (1) → maari (2)


(1) /y/ =母音衝突を避けるための添加音

(2) /y/ → /r/ : 過剰修正


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[B]


異化動詞の完了相基本形は、近過去の変化の結果が現在続いていることを表わします。


Da-şk’imi doktor(i) di(y)u. (西) (私の)()は医者になった(= 現在、医者である)

~ Da-çkimi doktor(i) divu. ()

~ Da-çkimi doktoyi dix’u. ()


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[B’-1]


Pazar方言とÇamlıhemşin方言では次の無主語文をよく耳にします(日本語の「夜になる」「朝になる」などの無主語文と平行しています)


Limci diyu. (PZ)(ÇM) 日が暮れた。夜になった。


limci (PZ)(ÇM) ~ lumci (AŞ)(中・東) : 晩、夜


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[B’-2]


次の無主語文は、ラズ語域のあちこちで散見します。


Mcora di(y)u. (AŞ) 日が差してきた。太陽が(雲間から)出て来た。(*)

Mjora divu. (FN)

Mjora dix’u. (HP)


(*) 逐語訳は「《太陽に》なった」


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[C]


状態語(下の例では形容詞)が叙述語になっている例:


Ora mapxa diyu. (AŞ) いい天気になった。(*)

~ Ora mapxa divu. (FN)

~ T’aroni mapxa divu. (AH)

~ T’aoni mapxa dix’u. ()


(*) 逐語訳は「天気が《よく晴れた》になった」


ora : 1. 時、時間

2. (一部の地域で) 天気

ギリシャ語(ώρα 時刻、時間)からの借用語かもしれません。

[本稿では、現代ギリシャ語の正書法を採用しています。古典ギリシャ語の「 ˜ など

の記号は使っていません]


なおフランス語のtempsという語も「時」と「天気」の両方を表わします。日本語の

発想ではまったく別の概念を別の言語で同一語が表わすことは珍しいことではありま

せん。


mapxa : (地域によって)

1. 必ずしも太陽が雲間から見えているとは限らないがよく晴れた

2. 日当たりが良くて暖かい


cf. mcorani (AŞ), mjoroni (AH)

「暖かいか寒いかは別として陽射しのある、日照のある、日当たりのよい」

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12.3.1.2. (時が)経つ」 [名詞節・期間を示す名詞句] 


この動詞は「ある行為が完了してから一定の時が経つ」ことを表現します。


構文 : {完了相の名詞節 + 期間を示す名詞句 + 動詞}


Emine hak na-moxt’u sum 3’ana diyu. (PZ)

~ Emine hay na-moxt’u sum 3’ana di(y)u. (ÇM)(AŞ)

~ Emine hak na-moxtu sum 3’ana divu. ()

~ Emine ak na-moxtu sum 3’ana dix’u. ()


Emineさんがここへ来てから三年経った」

Emineさんがここへ来て三年になる」

Emineさんがここに住み着いたのは三年前のことだ」

Emineさんが嫁いできたのは三年前のことだ」

・・・など、文脈によって日本語訳は何種類も考えられます。


●●● 前述の「存在動詞」の「期間を示す用法」を参照してください(→ 12.1.1.2.)。意味も形態も違います。また肯定冠接辞の種類も違います。

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12.3.1.3. (PZ)(ÇM)(AŞ) (果物が)熟れて食べごろになる、(パンが)焼きあがる」
[絶対格主語のみの構文]


この動詞は、下の最初の例のように主語が複数であっても、単数形のままです。


Omrepe iyen. (PZ-Apso) すももが熟れてもうすぐ食べごろになるよ。

~ Ombri iyen. (ÇM)(AŞ)


Cari iyen. パンが焼きあがるところだ。


Cari di(y)u. パンが焼きあがった。


●●● この動詞は、中部・東部方言には用例が見当たりません。

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同義語


動態動詞「熟れる」  imonç’en (PZ)(ÇM)(AŞ)

minç’en (AŞ-Dutxe)

moinç’en (FN)

imonç’en (AH)(HP)

muynç’en (ÇX)


動態動詞「(パンが)焼ける」 iç’ven (全方言)

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12.3.2. ayen ~ aen ~ aven ~ ax’ven ~ axvapun


同音異義の動詞が三語あります。


12.3.2.1. ADP移態動詞 (1) [絶対格主語・与格補語・叙述語]

12.3.2.2. AD移態動詞 (2) [与格補語・絶対格主語]

12.3.2.3. DP移態動詞 (3) [与格主語・叙述語]



(1) 「ある人が[絶対格]ある人の[与格]何かに[叙述語]当たる(なる)」または

「あるものが[絶対格]ある人にとって[与格]ある状態[叙述語]である」

(2) 「ある人に[与格]子供が[絶対格]できる」など 

(3) 「ある人が[与格]ある状態[叙述語]になる」


三つの動詞に共通の代表形 :

ayen/ aen (西)(FN一部) ~ aven () ~ ax’ven (HP) ~ axvapun (ÇX)

直説法完了相基本形三人称単数形 :


ayu/ au (西)(FN一部) ~ avu () ~ ax’u ()


同上、肯定冠接辞がついて


dva(y)u (西) ~ da(y)u (FNの一部) ~ davu () ~ dax’u (HP) ~ dvax’u (ÇX)


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12.3.2.1. ADP移態動詞 [絶対格主語・与格補語・叙述語]


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12.3.2.1.1. 叙述語 = 名詞


ADP移態動詞は、叙述語が名詞である場合、養子・養親、姻戚、義兄弟の仲、隣人など縁故関係に関して

「ある人が[絶対格]ある人の[与格](*)何かに[叙述語]当たる(なる)」ことを表わします。


Fadume Amedis bula ayen. (PZ) FadumeさんはAmedi君のおばに当たる(なる)

~ Fadume Amedi bula a(y)en. (ÇM)(AŞ)(*)

~ Fadime Amediz dadi aven. () FadimeさんはAmedi君のおばに当たる(なる)

~ Fadime Amediz dadi ax’ven.()


(*) Çamlıhemşin-Ardeşen方言群では後置詞格、能格、与格、処格が同一形態で融合斜格になっています(→ 1.1.2.)


トルコ語のFatmaという女性名はラズ語の西部方言でFadume, 中部・東部方言ではFadimeとなることが多いようです。

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12.3.2.1.2. 叙述語 = 形容詞


ADP移態動詞は、叙述語が形容詞である場合、

「あるものが[絶対格]ある人にとって[与格]ある状態[形容詞]である」ことを表わします。


Ham 3’endeç’i ma mboli mayen. (ÇM) この靴下は、私には大きすぎます。

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12.3.2.2. AD移態動詞 [絶対格主語・与格補語]


AD移態動詞は「ある人に子供ができる、生まれる」「ある人(の畑・果樹園)(収穫すべき)作物ができる、なる、実る」「ある人(の牧場・家畜小屋)(搾乳できる、食用になる、役牛として使える、毛を刈り取ることのできる・・・)羊・牛などが飼ってある、生まれる」ことを表現します。


子供の親になる人(または畑・果樹園・家畜などの所有者)が与格補語(*)、生まれる子供(または獲れる作物・役に立つ家畜)絶対格主語になります。


[A]


Ar tutaşe Aşelas ar bere ayen. (PZ)

~ Ar tutaşa Aşela ar bere a(y)en. (ÇM)(AŞ)(*)

~ Ar tutaşa Aşelaz ar bere aven. ()

~ Ar tutaşa Aşelaz ar bere ax’ven. ()


「あと一ヵ月ぐらいで(一ヶ月以内に)Aşelaさんに子供ができる」


tuta : (天体の), (暦の)


(*) Çamlıhemşin-Ardeşen方言群では後置詞格、能格、与格、処格が同一形態で融合斜格になっています(→ 1.1.2.)(以下、この注は本章では繰り返しません)

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[B]


Him xorz*as opşa lu (dv)ayu. (PZ)

~ Him oxorca zade lu (dv)a(y)u. (ÇM)(AŞ)

~ Hem oxorcaz dido lu (d)avu. ()

~ Em oxorcaz dido lux’u (d)ax’u. (HP)

~ Em oxorcas dido lux’u (dv)ax’u. (ÇX)


「あの女の人(の畑)(もう収穫できる状態の)キャベツがたくさんできた」


lu ~ lux’u : 玉菜、キャベツ。

音素/x’/の消滅した西部・中部方言では

lux’u → *luuluという音韻変化が起こったものと推定できます。


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[C]


Doğanis, axiris p’anda ar puci ayen. (PZ) (1)

~ Doğani, mandre p’anda ar puci ayen. (ÇM)

~ Doğani, mandre irote ar puci a(y)en. (AŞ)

~ Doğaniz, mandrez p’anda ar puci aven. (FN)

~ Doğaniz, axiriz iyya ar puci aven. (AH) (1)

~ Doğaniz, axiriz p’ant’a ar puci ax’ven. (HP) (1)


Doğani君の家畜小屋にはいつも牝牛(= 乳牛)が一頭は飼ってある」


第一項は 与格補語(*)

第二項は 「場所を示す語」で処格(*)

文末から二番目の項が絶対格の主語


(*) ただしÇamlıhemşin-Ardeşen方言ではどちらも融合斜格


(1) Pazar, ArhaviHopaaxir(i) < トルコ語のahır.

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12.3.2.3. DP移態動詞 [与格主語・叙述語]


DP移態動詞は「遅くなる」「寒くなる」「恥じ入る」のように「状態の推移」を表わします。


未完了相・現在形は「一般的な真理」を、完了相基本形は「推移の結果の現在の状態」を表わします。使用頻度の高い完了相の用例を示します。

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[A] 叙述語が形容詞である例


Hamus ini (dv)ayu. (PZ) この人は寒さに耐えかねている。かじかんでいる。

~ Hamu ini (dv)ayu. (ÇM)

~ Ham ini (dv)a(y)u. (AŞ)

~ Hayaz ini (d)avu. (FN)

~ Hamuz ini (d)avu. (AH)

~ Amuz x’ini (d)ax’u. (HP)

~ Amus x’ini (dv)ax’u. (ÇX)


ini (西・中) ~ x’ini (): 寒い

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[B] 叙述語が副詞である例 


Himus leba (dv)ayu. (PZ) あの人は遅い。遅くなった。後れを取った。

~ Himu leba (dv)ayu. (ÇM)

~ Him leba (dv)a(y)u. (AŞ)

~ Heyaz leba (d)avu. (FN)(*)

~ Hemuz yano (d)avu. (AH)(*)


leba (西)(FNの一部) : 遅く、遅れて

yano (FNの一部)(中・東) : 遅く、遅れて


●(*) 副詞yanoの分布域では移態動詞(→ 12.3.) ayanen (遅くなる)を用います。


Heyaz (d)ayanu. (FN)

~ Hemuz (d)ayanu. (AH)

~ Emuz (d)ayanu. (HP)

~ Emus (dv)ayanu. (ÇX)


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[C] 叙述語が絶対格の名詞である例


Hamus oncğore (dv)ayu. (PZ) この人は恥じ入っている。

~ Hamu oncğor (dv)ayu. (ÇM)(*)

~ Ham oncğore (dv)a(y)u. (AŞ)

~ Hayaz oncğore (d)avu. (FN)

~ Hamus oncğor (d)avu. (AH-Sidereなど)(*)

~ Hamuz oncğore (d)avu. (AH)

~ Amuz oncğoye (d)ax’u. (HP)

~ Amus oncğoye (dv)ax’u. (ÇX)


oncğore ~ oncğor (*): 恥じ


(*) 絶対格と後置詞格(または融合斜格)が別形態を取る諸方言(→ 1.1.)ではoncğorが絶対格、oncğoreが後置詞格(または融合斜格)です。

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12.3.3. øø移態動詞


「夜が明ける」「日が暮れる」などを意味する少数の動詞がこの範疇に入ります。ここで紹介するものの他にcom3’upun ~ gyom3’k’upun日暮れ時になってあたりが暗くなる, diyanen (FN)(AH) “遅くなるなどがあります。

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12.3.3.1. dolumcun ~ dolumcuy  「夜になる、日が暮れる」


Dolunmcun. (PZ) 日が暮れる。夜になる。

Dolumcuy. ~ Dolumcun. (ÇM)(AŞ)

~ Dolumcun. (中・東)


完了相基本形は

Dolumcu. 日が暮れた。夜になった。


無主語動詞は三人称単数形を取るのが原則ですが、Ardeşen郡の民謡の一節にTangri-şk’imi, dolumci do dotani と、この動詞(および次項の動詞)二人称単数形に活用させた例があります。「神よ、夜のとばりを下ろしてくれ、夜明けにしてくれ」と訳せますが、一神教を奉ずる人たちの「自然の営みはすべて唯一神の意思によるもの」と信じてその自然に向かって話しかける気持ちが二人称という形に表れたのでしょう。

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12.3.3.2. dotanums ~ dotanun ~ tanun ~ tanums「夜ける、朝になる

Dotanun ~ dotanums (PZ) 夜が明ける。朝になる。

~ Dotanuy ~ (Do)tanun (ÇM)(AŞ)

~ (Do)tanun (FN)

~ Dotanun (AH)

~ Tanums ~ Tanups ()


完了相基本形全方言

Dotanu. けた。朝になった



同義語 ditanun, gontanun (FN)

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12.3.4. øD 移態動詞 [無主語・与格補語・移態動詞]


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12.3.4.1. dulumcun ~ dulumcuy

(特定の人物の動作があまりにものろいのを揶揄して)日が暮れてしまう」


構文 「ある人があまりにものろいので[与格]日が暮れてしまう」


[Hini Xop’eşa idanşa] dulumcanen. (ÇM)

~ [Entepe Xopaşa ulut’anşa] dulumcasinonan. (HP) (*)


[連中がHopaに行き着くまでには](あまりにも行動がのろいので)日が暮れてしまうよ」


(*) この文例はRamiz Bekaroğlu氏からの報告に依っています。


この文例では、主節の与格補語は「鉤括弧でくくった副詞節の絶対格主語」と同一

であるため表示してありませんが、動詞が与格補語の人称と数に照応しています。


idanşa : Fındıklı郡以西の方言でulun (行く)の副動詞(*)完了相希求法三人称複

数主語形「あの人たちが(未来において)行き着くまでに」


ulu(r)t’anşa : Arhavi郡以東の方言でulun (行く)の副動詞(*)未完了相希求法三人称

複数主語形「あの人たちが(未来において)行き着くまでに」


dulumcanen : ÇM-AŞ-FN方言でdulumcunの未来・三人称複数与格補語形


dulumcasinonan : HP中心部方言でdulumcunの未来・三人称複数与格補語形 


(*) 副動詞 : 動詞に接尾辞型の動詞後置詞がついたもの。副詞節の末尾に位置する。「6. 従位接続詞」と「13. 動詞の活用」の章を見てください。

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12.3.5. Dø移態動詞 [与格主語・無補語・移態動詞]

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12.3.5.1. adven[1]「盛りがつく、発情する」


構文 : 「動物が[与格]発情する」

~「動物に[与格]盛りがつく」


この動詞の未完了相は「人間以外の動物は一定の時期に盛りがつく」のように一般的

な真理を表わします。完了相は基本形が「盛りがついた = 今盛りがついている」現在

の状況を、複合形が過去の状況を表わします。


完了相基本形の例:


Pucis adu. (PZ) 牝牛に盛りがついた。牝牛が発情した。

~ Puci adu. (ÇM)(AŞ)

~ Puciz adu. (中・東)


同音語 : adven[2] ( 12.4.7.1.), adven[3] ( 12.4.9.1.)

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12.3.5.2. dvanç’inen (西) ~ daç’k’inen (FN-Ç’anapet) ~ daç’k’inden ()(HP) ~ dvaç’k’inden (ÇX)「疲れる」


構文 :「ある人が[与格]疲れる」


完了相基本形の例:


Omeris dvanç’inu. (PZ) Omeri君は疲れている。

~ Omeri dvanç’inu. (ÇM)(AŞ)

~ Omeriz daç’k’inu. (FN-Ç’anapet)

~ Omeriz daç’k’indu. ()(HP)

~ Omeris dvaç’k’indu. (ÇX)



語頭の{dv-}, {d-}は機能不明の動詞前辞です。

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12.3.5.3. açinden (PZ)(AŞ)(中・東) ~ açindren (ÇM)「くしゃみをする」


構文 : 「ある人が[与格]くしゃみをする」


未完了相現在形の例 :


Alis açinden. (PZ) Ali君は近頃しょっちゅうくしゃみをする。[習慣]

~ Ali açindren. (ÇM)

~ Ali açinden. (AŞ)

~ Aliz açinden. (中・東)


完了相基本形の例:


Alis açindu. (PZ) Ali君が今くしゃみをした。[生理的状態の推移の結果]

~ Ali açindru. (ÇM)

~ Ali açindu. (AŞ)

~ Aliz açindu. (中・東)


ラズ語では「くしゃみをする」は、移態動詞です。意識的にしようと思ってする行為

ではないため動態動詞にはならないのでしょう。

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12.3.6. DC移態動詞 [与格主語・(同族補語)・移態動詞]

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12.3.6.1. ambinen (西) ~ aominen ()「喉が渇く」


●●● 移態動詞ambinen ~ aominenの用例では同族補語(*)「水」を添えた文を高頻度で観察しますが、補語がなくても文意に変わりはありません。同族補語動詞は、見かけは有補語動詞ですが、本質的に無補語動詞の一種です。


(*) 日本語の「歌を歌う」「踊りを踊る」のように、見かけは補語のようであるが動詞

の表わす語義を補足する役割は担っていないもの。


この動詞の未完了相は「一般的な真理」を表わします。


完了相基本形は、生理的状態の推移の結果「喉が渇いた = 現在喉が渇いている」こ

とを表わします。


無補語構文 :「ある人が[与格]喉の渇きを覚える」


同族補語構文 :「ある人が[与格](水を[絶対格]飲みたがっている) 喉が渇いている」


完了相基本形の例 :


Ayhanis (3’ari) ambinu. (PZ) Ayhani 君は喉が渇いたね。

~ Ayhani (3’ari) ambinu. (ÇM)(AŞ)

~ Ayhaniz (3’k’ai) aominu. (FN)(AH)

~ Ayhanis (3’k’ar) aominu. (AH-Sidere)

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12.3.6.2. amşk’orinen (PZ)(AŞ) ~ amşk’urinen (ÇM-Ğvant) ~ amşko(r)inen () ~ amşkironen (HP)「腹が減る、お腹がすく」


●●● 移態動詞amşk’orinen ~ amşk’urinen ~ amşko(r)inen ~ amşkironenの用例では同族補語「めし、食事」を添えた文を高頻度で観察しますが、補語がなくても文意に変わりはありません。同族補語動詞は、見かけは有補語動詞ですが、本質的に無補語動詞の一種です。


この動詞の未完了相は「一般的な真理」として「空腹を覚える」ことを表わします。


完了相基本形は、生理的状態の推移の結果「腹が減った = 現在空腹である」ことを

表わします。


無補語構文 :「ある人が[与格]空腹を覚える」


同族補語構文 :「ある人が[与格](めしを[絶対格]食いたがっている)腹が減っている」


完了相基本形の例 : 


Ayhanis (cari) amşk’orinu. (PZ) Ayhani君はお腹がすいたね。

~ Ayhani (cari) amşk’urinu. (ÇM-Ğvant)

~ Ayhani (cari) amşk’orinu. (AŞ)

~ Ayhaniz (gyai) amşko(r)inu. ()

~ Ayhanis (gyari) amşkorinu. (AH-Sidere)

~ Ayhaniz (gyai) amşkironu. (HP)


類義語 「飢えている、ひもじい」 şkorons () ~ şkirons () ( 12.2.3.3.)

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12.3.7. DA移態動詞 [与格主語・絶対格補語・移態動詞]


DA移態動詞の多くは複人称活用をします。本章では代表形と完了相基本形・三人称単数主語・三人称単数補語の形態の紹介にとどめますが、詳細を「動詞の活用」の章でご覧ください。

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12.3.7.1. ak’omanden (PZ) ~ akomaden (ÇM)(AŞ)「懐かしく恋しい、また逢いたくてたまらない」


この動詞の未完了相は「故郷は遠く離れると懐かしく恋しいものだ」のように「一般 的な真理」を表わします。


完了相基本形は「ある人が恋しくてたまらない」「かつて慣れ親しんだあるものが恋

しい」という現在の心情を表わします。逢いたかった人についに逢えたときに口をつ

いて出る「ああ、逢いたかった」も完了相基本形で表現します。


構文 :「ある人は[与格]あるものが[絶対格]恋しくてたまらない」


完了相基本形の例:


Bexas Ç’emu ak’omandu. (PZ) BexaさんはÇ’emu君を恋しがっている。

~ Bexa Ç’emu ak’omadu. (ÇM)(AŞ)

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12.3.7.2. aoropen[2] (FN-Ç’anapet) ~ ax’oropen (ÇX)「恋に落ちる、惚れる」


完了相基本形は「恋に落ちた = 今恋をしている」という現在の状態を表わします。


完了相肯定文の用例は、すべて肯定冠接辞を伴っています。


構文 :「ある人が[与格]ある人に[絶対格]恋する」


Fadimez Mustafa daoropu. (FN-Ç’anapet) FadimeさんはMustafa君に夢中だ。


Fadimes Mustafa dvax’oropu. (ÇX)


絶対格の代わりに向格を使った表現もÇxalaにはあります。


Fadimes Mustafaşa dvax’oropu. (ÇX)


同音語 12.2.4.4.

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12.3.7.3. ganç’elen ()(HP) ~ gvanç’elen (ÇX)「懐かしく恋しい、また逢いたくてたまらない」


この動詞の未完了相は「故郷は遠く離れると懐かしく恋しいものだ」のように「一般

的な真理」を表わします。


完了相基本形は「ある人が恋しくてたまらない」「かつて慣れ親しんだあるものが恋

しい」という現在の心情を表わします。逢いたかった人についに逢えたときに口をつ

いて出る「ああ、逢いたかった」も完了相基本形で表現します。


構文 :「ある人は[与格]あるものが[絶対格]恋しい」


完了相基本形の例:


Ç’etoz Aşela ganç’elu. ()(HP) Ç’eto君はAşelaさんを恋しがっている。

~ Ç’etos Aşela gvanç’elu. (ÇX)

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12.3.7.4. gvaşinen (西) ~ gaşinen ()(HP) ~ gvaşinen (ÇX)(ひとりでに)思い出す」


移態動詞g(v)aşinenの未完了相は「一般的な真理」または「いつでも思い出せる、

忘れていない」ことを表わします。


完了相基本形は「(あることを)ひとりでに、特に努力することなく思い出した =

記憶が鮮明によみがえっている」現在の状態を表わします。


構文 :「ある人が[与格]あることを[絶対格]思い出す」


未完了相現在形の例:


Bere-şk’imis Fatma gvaşinen. (PZ) うちの子はFatmaさんのことを思い出している。

~ Bere-şk’imi Fatma gvaşinen. (ÇM)(AŞ)

~ Bere-çkimiz Fatma gaşinen. ()(HP)

~ Bere-çkimis Fatma gvaşinen. (ÇX)


同根のEA動態動詞 goişinams 「偲ぶ」(→ 12.4.13.3.)

同根のEDA動態動詞 gvoşinams 「思い出すように仕向ける」(→ 12.4.17.1.)

~ goşinams

同根のEDA動態動詞 guşinams (PZ)「思い出すように仕向ける」(→ 12.4.17.2.)

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12.3.7.5. goç’ondrun (PZ) ~ gvoç’ondrun (ÇM ~ AŞ),

~ goç’k’ondun ()(HP) ~ gvoç’k’ondun (ÇX)「忘れる


移態動詞goç’ondrun ~ gvoç’ondrun ~ goç’k’ondun ~ gvoç’k’ondunの未完了

相は「一般的な真理」または「しょっちゅう忘れる」のように「習慣的な状態」を表

わします。


完了相基本形は「(覚えているべきことを)忘れた = その結果そのことを今は忘れている」

という現在の状況を表わします。過去の状況を表わすには完了相複合形を用います。


構文 :「ある人が[与格]あることを[絶対格]忘れる」


完了相基本形の例 :


Baba-sk’anis yoxo-şk’imi goç’ondru. (PZ)

~ Baba-sk’ani yoxo-şk’imi gvoç’ondru. (ÇM)(AŞ)

~ Baba-skaniz (n)coxo-çkimi goç’k’ondu. ()(HP)

~ Baba-skanis coxo-çkimi gvoç’k’ondu. (ÇX)

「君のお父さんは僕の名前を忘れてしまったようだね」

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同根EA動態動詞 「忘れてしまおうとする(→ 12.4.13.2.)

goiç’ondrinams (西)

~ goiç’k’ondinams (FN)

~ goiç’k’endinams (AH)

~ goiç’k’endinaps ()

同根の魅了動詞 「忘れるように仕向ける」

EDA魅了動詞 (→ 12.6.1.1.)

guç’ondinams ~ guç’ondrinams (PZ)

guç’ondrinams (AŞの一部)


EDA魅了動詞(→ 12.6.1.2.)

gvoç’ondrinams (ÇM)(の一部)


goç’k’ondinapams (FN)

~ goç’k’endinapems (AH-Pilarget など)

~ goç’k’endinapams (AH)

~ goç’kendinapaps/goç’k’ondinapaps (HP)

~ gvoç’k’endinapaps (ÇX)

魅了動詞は、形態が後述する使役動詞(→ 12.5.)に似ています。

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12.3.7.6. mo3’ondun (西), mo3’ons/mo3’ondun ()「気


移態動詞mo3’ondun ~ mo3’onsの未完了相は「一般的な真理」または「昔からそ

の人が(そのものが)気に入っている 」ことを表わします。


完了相基本形は「初めてあった人や見た物が気に入った」現在の状況を表わします。


構文 :「ある人に[与格]あるものが[絶対格]気に入る」

~「あるものが[絶対格]ある人の[与格]気に入る」


完了相基本形の例:


Yaşaris peyniri cet’iğaneri mo3’ondu. (PZ)

~ Yaşari vali cet’t’ağaneri mo3’ondu. (ÇM)(AŞ)

~ Yaşariz k’vali get’ağane(r)i mo3’ondu. ()

~ Yaşariz x’vali get’ağane(r)i mo3’ondu. ()


Yaşari君は『チーズ炒め(*)が気に入ったようだ」


peyniri (< トルコ語 peynir) : チーズ

vali ~ k’vali ~ x’vali : チーズ

cet’iğaneri ~ cet’t’ağaneri ~ get’ağane(r)i : 炒めたもの


(*) たっぷりのバターで白チーズを炒め溶かし、割り入れた卵が固まった頃合いにパン

切れですくって食べるラズ料理

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同根の魅了動詞 「気に入るように仕向ける」

EDA魅了動詞mu3ondrinams (PZ)(AŞの一部) ( 12.6.1.3.)

EDA魅了動詞mo3ondrinams (ÇM)(AŞの一部)

~ mo3’ondinapams (中・東)( 12.6.1.4.) 

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12.3.8. DL移態動詞 [与格主語・処格補語・移態動詞]

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12.3.8.1. ayanen (FN東部 ~ ÇX) 「遅くなる」


「ある人が[与格] ある仕事をするのに[処格]遅くなる(遅れをとる)


Lumci m3ika axirişe oxtimuz dogayanazna pucepek mğorinite edgitunan. (AH-Lome)

「夕方牛舎へ行くのが遅くなると牛どもが鳴いて大騒ぎする」

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12.3.9. D.Dir 移態動詞 [与格主語・方向格補語・移態動詞]


D.Dir移態動詞は単人称活用をします。本章では代表形の形態の紹介にとどめます。

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12.3.9.1. calen (AŞ) ~ gyalen (FN) + (HP)

「人の助言や援助を、一旦強く反発したあとで、受け入れる破目になる」


構文: 「ある人が[与格]反発した相手の[方向格]助言や援助を受け入れる破目になる」


Xasaniz baba-muşişa gyalen. (FN)


Xasani君は、父親と折り合いが悪かったが、そろそろ自分から折れてくる頃だ」


この動詞は、Aø動態動詞culun ~ gyulun (下方へ移動する)の可能法と同じ形態です。

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12.3.10. D.Abl移態動詞 [与格主語・奪格補語・移態動詞]

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12.3.10.1. aşk’urinen (PZ ~ AŞ) ~ aşkurinen (FN ~ ÇX) 「恐れる、こわがる」


「ある人を(またはあることを)[奪格]こわがる」「あるものが[奪格]怖い」


Aşe coğorişen aşkurinen do Xasani elayonen. (FN-Sumla)

Aşeさんは犬が怖いのでXasani君の後について行く」

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12.4. 動態動詞


12.4.1. øø動態動詞 [無主語無補語動態動詞]

12.4.2. øD動態動詞I [無主語・与格補語・動態動詞] (空項目)

12.4.3. øD動態動詞 II [無主語・与格補語・動態動詞]


12.4.4. Cø動態動詞 [同族主語・無補語・動態動詞]

12.4.5. CD動態動詞 I [同族主語・与格補語・動態動詞]

12.4.6. CD動態動詞 II [同族主語・与格補語・動態動詞]


12.4.7. Aø動態動詞 [絶対格主語無補語動態動詞]

12.4.8. AD動態動詞 I [絶対格主語与格補語動態動詞]

12.4.9. AD 動態動詞 II [絶対格主語与格補語動態動詞]

12.4.10. ADP 動態動詞 [絶対格主語・与格補語・叙述語・動態動詞]


12.4.11. Eø動態動詞 [能格主語・無補語・動態動詞]

12.4.12. EC動態動詞 [能格主語・同族補語・動態動詞]

12.4.13. EA動態動詞 [能格主語・絶対格補語・動態動詞]

12.4.14. ED動態動詞 I [能格主語・与格補語・動態動詞]

12.4.15. ED 動態動詞 II [能格主語・与格補語・動態動詞]

12.4.16. EDA動態動詞I [能格主語・与格補語・絶対格補語・動態動詞]

12.4.17. EDA動態動詞II [能格主語・与格補語・絶対格補語・動態動詞]


[ø = ]

[A = 絶対格 < () absolutif, () absolutive]

[C = 同族 < () congénère, () cognate]

[D = 与格 < () datif, () dative ]

[E = 能格 < () ergatif, () ergative]

[L = 処格 < () locatif, () locative]

[P = 叙述語 < () predicate](2)


◘◘◘ 処格は一般に「随時現れる副詞的な格」ですが、「処格の項がなくては文が成立しない」動詞もあります。このことを踏まえて、AL動詞、EAL動詞、EDAL動詞などのように細かい分類をすることが必要なのですが、動詞によっては「特定の意味の場合にのみ処格の項が不可欠である」ものもあり、単純ではありません。処格補語に関して十分な資料が集まった段階で詳細な分類をすることにします。


◘◘◘ 無補語動詞 : 文が成立するのに必要不可欠な要素として特定の格の補語を要請しない動詞。文中に副詞的な格(向格、奪格、処格、具格)の項が随時現れることを妨げるものではありません。◘◘◘


同族主語 : 主語のように見えるが動詞の語義を補足する役割を担っていないもの。


同族補語 : 補語のように見えるが動詞の語義を補足する役割を担っていないもの。


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大多数の能格言語では、能格主語を取る動詞はすべて「他動詞」で、必ず補語(目的語)を要請しますが、ラズ語には、能格主語を取りながら補語を要請しない動詞(いわゆる「自動詞」)があります。特筆に値する特徴です。


●●● 有補語動態動詞と与格補語表示動態動詞は複人称活用をします。「動詞の活用」の章(→ 13.)を見てください。


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◘◘◘ ラズ語の構文は多種多様で、静態動詞、移態動詞、動態動詞のいずれをとっても「自動詞」「他動詞」といった用語だけでは間に合いません。本稿では、動詞が与格補語を表示するか否か、主語と補語にどんな格を要請するかなどを明示して命名する方式を取っています。正式な名称は当然長いものになりますから、項目のタイトルにも「øø動態動詞、Cø動態動詞、EDA動態動詞」のように略語を採用しています。◘◘◘

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ラズ語の動態動詞の多くのものに、基本的な法として、直説法に加えて可能法、非人称法、経験法が具わっています。それぞれの法が独自の構文を要請します。この章では直説法の形態のみを紹介します。可能法、非人称法、経験法の形態については次の章 ( 13.) を見てください。


大多数の動態動詞に、未完了相に加えて完了相が具わっています。


使役動詞は、Eø動態動詞とEA動態動詞とのみから派生します。( 12.5.)

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12.4.1. øø動態動詞 [無主語・無補語・動態動詞]


自然現象を表現する少数の動詞がこの範疇に入ります。主語もなく、不可欠な補語もなく、動詞一語だけで完結した文をなします。形態としては三人称単数形を取ります。

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12.4.1.1. gurgulams ~ ğurğulay (西)(FN)「雷が鳴る」


Gurgulams. (PZ) 雷が鳴っている。

~ Ğurğulay. (ÇM)

~ Gurgulay. (AŞ)

~ Gurgulams. (FN)


■■■ 肯定冠接辞も動詞前辞もついていない動詞のアクセントは、未完了相現在形では原則として語末から二番目の音節にありますが(1)gurgulamsは例外で、語頭にアクセントがあります。恐らく擬音語から発達した動詞だからだと考えられます。


(1) 未完了相・現在・三人称・複数形の場合は語末から三番目の音節。

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12.4.1.2. xon3un (FN-Sumla, AH・東)「雷が鳴る」


Xon3un. (FN-Sumla, AH) っている


Sumla村在住のNurdoğan Demir Abaşişi氏によると同村ではgurgulamsxon3unの両方の動詞を用いるとのことです。

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12.4.1.3. 3apums (FN) ~ 3apun (AH) ~ 3apums (HP) 「滴[しずく]がたれる」


3apums. (FN) 滴がたれる。

~ 3apun. (AH)

~ 3apums. (HP-Peronit)


同義語 comç’ims (西) ( 12.4.4.1. 末尾)

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12.4.2. øD動態動詞 I [無主語・与格補語・動態動詞]


語幹頭母音 {i-/u-}


この項は、今のところ空項目です。

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12.4.3. øD動態動詞 II [無主語・与格補語・動態動詞]


語幹頭母音 {o-}

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12.4.3.1. comç’ims (西) øø/øD動態動詞


1. øø動態動詞「滴がたれる ; 雨漏りがする」


Comç’ims. (PZ) 1. 滴がたれる2. 雨漏りがする

~ Comç’iy. (ÇM)(AŞ)


2. øD動態動詞「滴が特定の人物の上に落ちてくる」


Cemomç’ims. (PZ) 滴が私の上に落ちてくる。

~ Cemomç’iy. (ÇM)(AŞ)


Cegomç’ims. (PZ) 滴があなたの上に落ちてくる。

~ Cegomç’iy. (ÇM)(AŞ)


Cemomç’iman. (1) (西) 滴が私たちの上に落ちてくる。


(1) 動詞は与格補語の数に照応して複数形になります。


●●● Çamlıhemşin-Ardeşen方言のcomç’iyにはもう一つの意味があります。


Himu comç’iy. (ÇM)  あいつは頭がおかしいぞ。

~ Him comç’iy. (AŞ)


同根の動態動詞 mç’ims ~ mç’vips(雨が)降る」(→ 12.4.4.1.)

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12.4.3.2. gyomç’ims (中・東)  øø/øD動態動詞


1. øø動態動詞「雨漏りがする」


Gyomç’ims. 雨漏りがする


2. øD動態動詞「雨漏りの滴が特定の人物に落ちてくる」


Gemomç’ims. 雨漏りの滴が私に落ちてくる。


Gemomç’iman. 雨漏りの滴が私たちに落ちてくる。


この動詞は時に同族主語を取ります (→ 12.4.6. CD動態動詞)


Oxoriz mç’ima gemomç’iman. 家では雨漏りの滴が(私たちに)落ちてくる。


同根の動態動詞 mç’ims ~ mç’vips(雨が)降る」(→ 12.4.4.1.)

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12.4.4. Cø動態動詞 [同族主語・無補語・動態動詞]


動詞の表わす語義を補足する役割を担っていない「同族主語」を取る少数の動詞がこの範疇に入ります。

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12.4.4.1. mç’ims (西・中・HP) ~ mç’vips (ÇX)(雨が)降る」


構文 :「雨が[絶対格] 降る」


Mç’ima mç’ims. (PZ) 雨が降る、雨が降っている。

~ Mç’ima mç’i(y). (ÇM)(AŞ)

~ Mç’ima mç’ims. ()

~ Mç’ima mç’ims. ~ Mç’ima mç’ips. (HP)

~ Mç’vima mç’vips. (ÇX) 


上の例で一目瞭然ですが、ラズ語の名詞「雨」と動詞「(雨が)降る」は語根が同じです。ラズ語域の全域で同族主語のついた形を用います。


●●● この動詞は、真正の主語のあるAø動態動詞(絶対格主語・無補語・動態動詞)にもな

ります。


Di3xiri mç’ims. 血の雨が降る。


同根のøø/øD動態動詞 comç’ims (西) (→ 12.4.3.1.)

~ gyomç’ims (中・東) ( 12.4.3.2.)


同根のCD動態動詞 : yomç’ims ()() ( 12.4.6.1.)

(特定の人や物の上に)雨が降りかかる」

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12.4.4.2. mtums (西・中) ~ mtun (AŞ-Dutxe) ~ mtups ()(雪が)降る」


構文 :「雪が[絶対格]降る」


Mturi mtums. (PZ) 雪が降る、雪が降っている。

~ Mtui mtuy. (ÇM-Mek’alesk’irit)

~ Mturi mtun. (AŞ-Dutxe)

~ Mturi mtuy. (AŞ)

~ Mtviri mtums. ()

~ Mtvi(y)i mtups. (HP)

~ Mtviri mtups. (ÇX)


●●● この動詞は、真正の主語のある動態動詞(絶対格主語・無補語・動態動詞)にもな

ります。


Kva mtums. 石が天から降ってくる。石の雨が降る。


ラズ語では「降る」ものが固体である場合にmtumsを、液体の場合は前項のmç’ims

を用います。


同根のCD動態動詞 : yomtvams ()() ( 12.4.6.2.)

(人や物の上に)雪が降りかかる」

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12.4.5. CD動態動詞 I [同族主語・与格補語・動態動詞] 


語幹頭母音 {i-/u-}

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12.4.5.1. umtvams (中・東) CD/AD動態動詞


1. CD動態動詞 :(雪が)特定の人物のために降る」


構文「雪が[絶対格]ある人のために[与格]降る」


Mtviri mimtvams. (FN) 雪が私のために降っている。


2. AD 動態動詞 :(固形物が)雨あられのごとく特定の人物に降りかかる」


構文「固形物が[絶対格]ある人に[与格]雨あられのごとく降りかかる」


完了相基本形の用例 :


Tiz kva mimtu. (FN)(HP) 石が私の頭に雨あられのごとく降りかかった。


tiz : ti()の処格形「頭に」


類義語 yomtvams CD/AD動態動詞 ( 12.4.6.2.)


同根のCø動態動詞  mtums (雪が)降る」( 12.4.4.2.)

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12.4.6. CD 動態動詞 II [同族主語・与格補語・動態動詞]


語幹頭母音 {o-}

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12.4.6.1. yomçims ()()(人や物に)雨が降りかかる」


Mç’ima (ma) emomç’ims. 雨が私に降りかかる。


Mç’ima (si) egomç’ims.  雨があなたに降りかかる。


処格補語を添えて雨が身体のどこに降りかかるかを明示することもできます。


Mç’ima tiz emomç’ims. 雨が私の頭に降りかかる。

Mç’ima mxuciz egomç’ims. 雨があなたの肩に降りかかる。

Mç’ima hemuz cinikiz yomç’ims. 雨があの人の首筋の辺りに降りかかる。


●●● (液体が)雨のように降りかかる」という表現では、この動詞は真正の主

語のあるAD動態動詞です。


Di3xiri emomç’ims. 血が私に雨のように降りかかる。


同根のCø 動態動詞 : (→ 12.4.4.1.)

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12.4.6.2. yomtvams ()()(人や物に)雪が降りかかる」


Mtviri (ma) emomtvams. 雪が私に降りかかる。


Mtviri (si) egomtvams. 雪があなたに降りかかる。


処格補語を添えて雪が身体のどこに降りかかるかを明示することもできます。


Mtviri tiz emomtvams. 雪が私の頭に降りかかる。

Mtviri mxuciz egomtvams. 雪があなたの肩に降りかかる。

Mtviri hemuz cinikiz yomtvams. 雪があの人の首筋の辺りに降りかかる。


●●● (固形のものが)雨あられと降りかかる」という表現では、この動詞は真正

の主語のあるAD動態動詞です。


Kva emomtvams. 石が私に雨あられと降りかかる。


動詞前辞を別のもので置き換えることもできます。


Mtviri dolomomtu. 雪が(屋根やテントの隙間、穴から)入り込んで私

に降りかかった。


西部方言では別の動詞前辞{ce-}のついた動詞comtvamsがこれに対応します。


Mturi (ma) cemomtvams. (PZ) 雪が私に降りかかる。

~ Mturi (ma) cemomtvay. (ÇM)(AŞ)


同根のCø動態動詞 : (→ 12.4.4.2.)

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12.4.7. Aø動態動詞 [絶対格主語・無補語・動態動詞]


本稿では「無補語」という術語を「文が成立するのに必要不可欠な要素として特定の格の補語を要請しない」という意味で使っています。文中に副詞的な格(向格、奪格、処格、具格)の項が随時現れることを妨げるものではありません。

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12.4.7.1. adven[2]「燃えつく」


構文 :「火や薪が[絶対格]燃えつく、燃え立つ」


完了相基本形の例 :


Daçxur(i) adu. (西・中) 火が燃えついた。

~ Daçxiyi adu. ()



Dişk’ape adves. (PZ) (複数)が燃えついた。

~ Dişk’ape adve(y). (ÇM)(AŞ)

~ Dişkape advez. (中・東)


同音語 : adven[1] (→ 12.3.5.1.), adven[3] (→ 12.4.9.1.)

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12.4.7.2. dogutun (西) ~ dodgitun (中・東)「立ち止まる」(*)


構文 :「ある人が[絶対格]立ち止まる」


この動詞は、処格の項を含む文を作りますが、所在動詞の場合と違って、処格の項がなくても文は成立します。


Him ek’naş oğine dogutun. (PZ) あの人は戸の前で立ち止まる様子だ。

~ Him nek’naş ogin(d)e dogutun. (ÇM)(AŞ)

~ Heya nek’naş ogin(d)e dodgitun. ()

~ Eya nek’naş oğinde dodgitun. (HP)

/ Eya nek’naş 3’oxle dodgitun.

~ İya nek’naş oğinde dodgitun. (ÇX)

/ İya nek’naş 3’oxle dodgitun.



●●● (*) この動詞には「立ち止まる」以外の意味もあります。


Him Fransa dogutun. (AŞ) あの人はフランスに住んでいます。


Him Sveta şk’ala dogutun. (AŞ) あの人はSvetaさんと一緒に暮らしています。



Ham din3xiri muten dodgitun ? (FN) この血は何をつけたら止まるだろうか。


Ham bere çkimi k’ala k’ai dodgitun. (FN) この子は私に人見知りしない。

逐語訳 :「私と一緒によくとどまる


同語根の静態動詞dgun ~ dgin「立ち止まっている」( 12.2.1.2.)

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12.4.7.3. doxedun「坐る」


構文 :「ある人が[絶対格]坐る」


この動詞は、処格の項を含む文を作りますが、所在動詞の場合と違って、処格の項がなくても文は成立します。


Musa k’ulis doxedun. (PZ) Musa君が(肘掛も背もない低い)腰掛に坐る。

~ Musa k’uli doxedun. (ÇM)(AŞ)

~ Musa oz*z*os doxedun. (FN)

~ Musa orz*os doxedun. (FN)(AH)

~ Musa tronis doxedun. ()


この動詞のアクセントは語頭の動詞前辞{do-}(機能は不明)にあります。


同根のAø静態動詞 xers (PZ)「坐っている」(→ 12.2.1.3.)

~ xen (ÇM以東全域)

同根のEA動態動詞 doxunams「坐らせる」

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12.4.7.5. inçanen (PZ) ~ niçanen (ÇM)(AŞ) ~ içanen (中・東)(草木が)すべての枝や茎に実をつける」


構文 :「草木が[絶対格]結実する、すべての枝や茎に実をつける」


完了相基本形の例 (多くの場合に肯定冠接辞がつきます):


M3xuli (d)inçanu. (PZ) 洋梨が枝もたわわに実をつけた。

~ M3xul(i) niçanu. (ÇM)(AŞ)

~ M3xul(i) (d)içanu. (中・東)


同根のAø静態動詞 nçars (西), nçans ~ çans (中・東) ( 12.2.1.5. )

(草木の)すべての枝や茎に実が生っている」


同根のAD動態動詞 naçanen「生る、実る」( 12.4.9.3.)

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12.4.7.6. dicinen (PZ) ~ dincinen (ÇM)(AŞ)「横になる、寝る、寝に行く」


構文 :「ある人が[絶対格]寝る、寝に行く、寝るところだ」


この動詞は、処格の項を含む文を作りますが、所在動詞の場合と違って、処格の項が

なくても文は成立します。


Him oncires dicinen. (PZ) あの人はベッドで寝るところだ。

~ Him oncire dincinen. (ÇM)(AŞ)


動詞前辞付きであるためアクセントは語頭の音節にあります。


同根のAø静態動詞 ncars (西),「寝ている」 ( 12.2.1.4.)

ncans ~ cans (中・東)


同根のEø動態動詞 incirs (→ 12.4.11.4.)

1. (西)「眠る」

2. (中・東)「寝る ; 眠る」


同根のEA動態動詞 docinams (PZ) 「寝かせる」

~ doncinams (ÇM)(AŞ)

~ dojinams (ÇM-Ğvant)

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12.4.7.7. troxun 「割れる」


構文:「あるものが[絶対格]割れる」


完了相ではほとんど常に肯定冠接辞{do-}を伴います。


完了相基本形の用例:


Bardaği dot’roxu. コップが割れた。

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12.4.7.8. ulun 「行く」


構文 :「ある人(または動物)[絶対格]行く」


この動詞は、向格奪格の項を含む文を作りますが、「向格や奪格の項がなくても文は成立する」ため、本稿では「無補語動詞」と分類しています。


Him noğaşe ulun. (PZ) あの人は商店街へ行く。

~ Him noğaşa ulun. (ÇM)(AŞ)

~ Heya noğaşa ulun. ()

~ Eya noğaşa ulun. (HP)

~ İya noğaşa ulun. (ÇX)


この動詞に動詞前辞をつけると、さまざまな方向への移動を表わす動詞が派生します。


mulun (来る), nulun ([西] 対話者のいるところへ行く, [中・東] 遠くへ行く), amulun (入る), gamulun (出る), eyulun ~ yulun (鉛直にのぼる), culun ~ gyulun (鉛直に下りる), elulun ~ ilulun (開放空間の緩やかな斜面を登る), eşkulun ~ eşulun ~ işulun (1. 開放空間の長い急斜面を登る; 2. 狭い閉鎖空間の上方の出口から出る), celulun ~ gelulun ~ gilulun (斜面を下る), gulun (歩き廻る、散歩する), k’oşk’ulun ~ goşulun ~ guşulun (間を通り抜ける), meşk’ulun ~ meşulun ~ mişulun (横穴へ入る), dolulun ~ dululun (縦穴へ下りる), okulun (落ち合う), mekulun[FN, AH, HP](向こう岸へ渡る), meyulun[FN, AH, HP](谷底・川へ下りることなく、橋を渡るなどして、向こう岸へ渡る)・・・・・・

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12.4.8. AD動態動詞 I [絶対格主語・与格補語・動態動詞]


語幹頭母音 {ø-}

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12.4.8.1. menç’işun (西) ~ meç’işun (中・東) 「追いつく」


構文 :「ある人が[絶対格]ある人に[与格]追いつく」


Xasani Alis menç’işun. (PZ) Xasani君がAli君に追いつく。

Xasani Ali menç’işun. (ÇM)(AŞ)

Xasani Alis meç’işun. (中・東)

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12.4.8.2. moxvadun (中・東) 「遭遇する、偶然に遇う」


構文 :「ある人が[絶対格]ある人やものに[与格]遭遇する、ばったり出会う」

完了相基本形の用例 :


Xasani gzas Xuseniz moxvadu. (中・東) Xasani君が道でXuseni君と遭遇した。


この動詞についている動詞前辞{mo-}は機能不明で、他の動詞前辞で置き換わること

はありません。


類義語 nagen (→ 12.4.9.4.)

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12.4.9. AD動態動詞 II [絶対格主語・与格補語・動態動詞]


語幹頭母音 {a-}


●●●「与格補語」と「絶対格主語」との語順は動詞によって違いがあります。

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12.4.9.1. adven[3]「ある人のあるものが燃えつく、燃え立つ」

 

構文 :「ある人の[与格]あるものが[絶対格]燃え立つ、燃えつく」


Amedis guri adven. (PZ) Amedi君の心が燃えつく。(*)

~ Amedi guri adven. (ÇM)(AŞ)

~ Amediz gu(r)i adven. (中・東)


(*) 熱情を火に譬えた表現。恋心のこともあれば闘争心のこともあります。


Ma guri madven. 私の心が火のように燃える。


madven : {m-} =「与格補語(= 絶対格補語の所有者)」の人称を示す接辞


同音語 : adven[1] (→ 12.3.5.1.), adven[2] ( 12.4.7.1.)

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12.4.9.2. alen 「特定の人物に逢うことのみを目的として行く」


[この動詞はラズ語域全体には分布していないようです。分布域について更なる調査が必要です]


構文 :「ある人が[絶対格]ある人と逢うためだけに[与格]出かける」


Orhani Feridez alen. Orhani君はFeride さんと逢いたい一心で出かけて行く。


未完了相現在時制の活用


valer ~ baler 私が逢いに行く

aler あなたが逢いに行く

alen あの人が逢いに行く


同音語alen「行くことができる」(= Aø動態動詞ulun の可能法) (→ 13.6.)


malen 私は行ける

galen あなたは行ける

alen あの人は行ける

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12.4.9.3. naçanen(草や木に)実が生る」


構文 :「あるものに[与格]実が[絶対格]生る」


M3xulis at’amba var-naçanen. (PZ) 梨の木に桃は生らない。(*)

~ M3xuli at’amba var-naçanen. (ÇM)(AŞ)

~ M3xuliz ant’ama var-naçanen. (中・東)


(*)「蛙の子は蛙」


同根の静態動詞 nçars (西) 「実が生っている」( 12.2.1.5.)

nçans ~ çans (中・東)


同根のAø動態動詞 inçanen (PZ) 「実をつける」( 12.4.7.5.)

niçanen (ÇM)(AŞ) ~ içanen (中・東)

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12.4.9.4. nagen1. 遭遇する; 会う ; 2. 落ち合う」


構文 :「ある人が[絶対格]ある人と[与格]遭遇する; 会う; 落ち合う」


[A]

Xasani gzas Xusenis nagu. (PZ) Xasani君が道でXuseni君と会った。

~ Xasani gza Xuseni nagu. (ÇM)(AŞ)

~ Xasani gzas Xuseniz nagu. (中・東)


[B]

Xasani Xusenis noğaşe nagu. (PZ)

Xasani Xuseni noğaşa nagu. (ÇM)(AŞ)

Xasani Xuseniz noğaşa nagu. (中・東)


Xasani君がXuseni君を迎えに商店街まで行った」


類義語 moxvadun (→ 12.4.8.1.)

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12.4.10. ADP 動態動詞 [絶対格主語・与格補語・叙述語・動態動詞]

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12.4.10.1. malen ~ mvalen (西)


構文 : 「あるものが [絶対格] ある人に [与格] ある状態であると [叙述語] 思える」


Xasanik ndğura na-mi3’upe ma ar m3ika u3xu momalu. (PZ-Cigetore)

Xasani huy-daya na-t’k’upe umcumeli momalu. (ÇM-Ğvant)

Xasani ndğura na-t’k’upe ma ar m3’ika garibi momalu. (AŞ-Ok’ordule)

Xasani mdğura na-t’k’upe a m3’ika t’evaffi momalu. (AŞ-Ortaalan)


「さっきXasani 君の言ったことはちょっとおかしいね」

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12.4.10.2. muxtams ~ muxtaps (中・東)


構文 : 「あるものが [絶対格] ある人に [与格] ある状態であると [叙述語] 思える」


Xasanik mdğora na-mi3’upe a m3ika t’uafi momixtu. (FN-Ç’anapet)

Xasanik mdğora na-tku nenape a m3ika garibi momixtu. (FN-Sumla)

Xasanik ndğora na-tkupe ma m3ika garibi momixtu. (AH-Lome)


「さっきXasani 君の言ったことはちょっとおかしいね」

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12.4.11. Eø動態動詞 [能格主語無補語動態動詞]


能格構文のある大多数の言語では、能格主語を取る動詞はすべて「他動詞」で、必ず補語(目的語)を要請します。


ところがラズ語には能格主語を取りながら補語を要請しない動詞(いわゆる「自動詞」)があります。特筆に値する特徴です。


Çamlıhemşin郡方言では、能格と与格の語尾が共に消失した跡に成立した融合斜格が、能格と与格の両方の機能を受け持っています。Pazar郡方言や中部・東部方言ならば能格主語が現れる位置に「融合斜格主語」が現れます。


Ardeşen郡方言では融合斜格がさらに崩壊して絶対格と部分的に融合する様相を見せています。他の諸方言と比較した場合に融合斜格主語が期待できる位置には、ほとんど常に、絶対格主語が現れます。村落によって融合斜格の現れ方が違うので更なる調査が必要です。


本稿では「無補語」という術語を「文が成立するのに必要不可欠な要素として特定の格の補語を要請しない」という意味で使っています。文中に副詞的な格(向格、奪格、処格、具格)の項が随時現れることを妨げるものではありません。

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12.4.11.1. ğarğalaps ~ ğağalaps (HP)(ÇX)「話す、おしゃべりする」


構文 :「ある人が[能格]話す、おしゃべりする」


Emuk Lazuri ğarğalaps. (HP)(ÇX) あの人はラズ語をしゃべっている。

~ Emuk Lazuri ğağalaps. (HP-Sarp)


Lazuriは「ラズ語で」という意味の副詞です。


ğarğalams (西部方言の一部) (乳幼児が)なにやら訳の分からない音声を発する

() (怒って)大声を張り上げる


語頭音節にアクセントがあります。本来は擬音語だったものと推定できます。

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12.4.11.2. ibgars「泣く」


構文 :「ある人が[能格]泣く」


Himuk ibga(r)s. (PZ) あの人が泣いている。

~ Himu ibgay. (ÇM)

~ Him ibgay. (AŞ)

~ Heyak ibga(r)s. (FN)

~ Hemuk ibga(r)s. (AH)

~ Emuk ibga(r)s. ()

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12.4.11.3. igorams (西)() (独り言で)罵詈雑言を口にする」


K’oçik igorams. (PZ) 男が罵詈雑言を独りごちている。

~ K’oçi igoray. (ÇM)(AŞ)

~ K’oçik igorams. ()


同義語(HP) : Eø動態動詞geikitxams ~ geikitxaps (1)(2)


K’oçik geik’itxams. (HP-P’eronit) 男が罵詈雑言を独りごちている。

~ K’oçik geik’itxaps. (HP)


(1) この記述は、例文も含めてHopa在住のRamiz Bekaroğlu氏からの報告に依っています。

(2) Fındıklı方言ではgeik’itxamsは「根掘り葉掘り訊く」という意味です。


同根のED動態動詞 : ogorams(特定の相手に)罵詈雑言を浴びせる」( 12.4.15.10.)


類義語 : Eø動態動詞 : meyiçams/meiçams 「呪いの言葉を独り言で言う」

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12.4.11.4. incirs (西)「眠る」; (中・東)1. 寝る 2. 眠る」


構文 :「ある人(または動物)[能格]眠る、寝る」


Berek inci(r)s. (PZ) 子供が眠る。

~ Bere inciy. (ÇM)(AŞ)


~ Berek inci(r)s. (中・東) 1. 子供が寝る。2. 子供が眠る。


同根のDø静態動詞anciren「眠い」( 12.2.3.1.)

同根のAø静態動詞ncars (西) ~ (n)cans (中・東)「寝ている」( 12.2.1.4.)

同根のAø動態動詞dicinen (PZ) ~ dincinen (ÇM)(AŞ)「寝る」( 12.4.7.6.)

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12.4.11.5. inçirs (PZ) ~ imçirs (ÇM)(AŞ) ~ imçvirs (FN(AH) ~ imçviroms (AH) ~ imçvirs ()「泳ぐ」


構文 :「ある人(または動物)[能格]泳ぐ」


Layç’ik inçirs. (PZ) 犬が泳いでいる。

~ Laç’ç’i imçiy. (ÇM)(AŞ)

~ Coğo(r)ik imçvirs. (FN)(AH)

~ Coğo(r)ik imçviroms. (AH)

~ Coğoik imçvirs. ()

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12.4.11.6. ilakirdams (ÇM)「話す、おしゃべりする」


構文 :「ある人が[融合斜格]おしゃべりする」


Himu Lazuri ilak’irday. (ÇM) あの人はラズ語をしゃべっている。


Hamu Lazuri ilak’irdams-i ? (ÇM) この人はラズ語を話しますか。


Lazuriは「ラズ語で」という意味の副詞です。

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12.4.11.7. isinapams (AŞ)(FN)「話す、おしゃべりする」


構文 :「ある人が[能格または融合斜格]おしゃべりする」


Him Lazuri isinapay. (AŞ) あの人はラズ語をしゃべっている。

~ Heyak Lazuri isinapams. (FN)


Lazuriは「ラズ語で」という意味の副詞です。

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12.4.11.8. iparamitams (AH)「話す、おしゃべりする」


構文 :「ある人が[能格]おしゃべりする」


Hemuk Lazuri ip’aramitams. (AH) あの人はラズ語をしゃべっている。

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12.4.11.9. ixapars (PZ)「話す、おしゃべりする」


構文 :「ある人が[能格]おしゃべりする」


Himuk Lazuri ixapars. (PZ) あの人はラズ語をしゃべっている。


この動詞は、Çamlıhemşin-Ardeşen方言では「怒って大声を出す」という意味です。

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12.4.11.10. msk’ums (西) ~ skums (中・東)「産卵する」


構文 :「鳥などが[能格]産卵する」


Ham kormek kata ndğas msk’ums. (PZ) この鶏は毎日卵を産む。

~ Ham korme iri ndğa msk’uy. (ÇM)(AŞ)

~ Ham kotumek k’at’a ndğaz skums. ()

~ Am kotumek k’at’a ndğaz skups. ()


ラズ語で「卵」はmakvaliです。この動詞とは形態が全く似ていません。


なお、本稿では音素表記をしているためmakvaliと綴りますが、実際の発音はmakwali (PZ)だったりmakfali (FN)だったりします。


ラズ語では、子音に続く位置では/v/ /f/ が中和して超音素 /v-f/ となります。直前の子音の種類により、また地域によって、おおまかに[v], [f], [w] の三種類の異音が観察できます

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12.4.12. EC動態動詞 [能格主語・同族補語・動態動詞]

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12.4.12.1. iskurinams ~ işk’urinay (西) 「自分の体を乾かす」


構文 : 「ある人が[能格]水を [絶対格・同族補語]自分の体を乾かす」


Laç’i, “3’ari bisk’urinare” deyi goipatxay. (AŞ)


犬が(水を= 同族補語)自分の体を乾かそうとして身震いしている」

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12.4.13. EA動態動詞 [能格主語・絶対格補語・動態動詞]

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12.4.13.1. ç’ums 「燃やす」


構文 :「ある人が[能格]あるものを[絶対格]燃やす」


Himuk dişk’a ç’ums. (PZ) あの人が薪を燃やしている。

~ Himu dişk’a ç’uy. (ÇM)

~ Him dişk’a ç’uy. (AŞ)

~ Heyak dişka ç’ums. (FN)

~ Hemuk dişka ç’ums. (AH)

~ Emuk dişka ç’ups. ()

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12.4.13.2. goiç’ondrinams (西) ~ goiç’k’ondinams (FN) ~ goiç’k’endinams (AH・東)

「意識的に忘れる」つまり

1. (つらいことなので)忘れようと努める 

2. (馬鹿馬鹿しいと判断したので)覚えておく気がなくて忘れてしまう


構文 :「ある人が[能格]あること(または人)[絶対格]意識的に忘れる」


İsmailik Leyla goiç’ondrinams. (PZ)

~ İsmaili Leyla goiç’ondrinay. (ÇM)(AŞ)

~ İsmailik Leyla goiç’k’ondinams. (FN)

~ İsmailik Leyla goiç’k’endinams. (AH)

~ İsmailik Leyla goiç’k’endinaps. ()


İsmaili君はLeylaさんのことを忘れようと努めている」


この動詞についている動詞前辞{go-}は機能不明で、他の動詞前辞と置き換わること はありません。


●●● この動詞の語幹末の{-in}は、機能不明の接辞です。使役語幹形成接辞のうちの一 つと同音です。


同根のDA移態動詞 「忘れる」(→ 12.3.7.4.)

goç’ondrun ~ gvoç’ondrun (西)

goç’k’ondun ()(HP)

~ gvoç’k’ondun (ÇX)


同根のEDA魅了動詞 「忘れるように仕向ける」(→ 12.6.1.1.)

guç’ondinams ~ guç’ondrinams (PZ)

guç’ondrinams (AŞの一部)


同根のEDA魅了動詞 「忘れるように仕向ける」(→ 12.6.1.2.)

gvoç’ondrinams (ÇM)(AŞの一部)


goç’k’ondinapams (FN)

~ goç’k’endinapems (AH-Pilarget など)

~ goç’k’endinapams (AH)

~ goç’k’endinapaps/goç’k’ondinapaps (HP)

~ gvoç’k’endinapaps (ÇX)

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12.4.13.3. goişinams「偲ぶ、思い起こす、思い出に浸る」


構文 :「ある人が[能格]ある人を[絶対格]偲ぶ」


Xasanik ğoma na-moxt’u k’oçi goişinams. (PZ)

~ Xasani ğoma na-moxt’u k’oçi goişinay. (ÇM)(AŞ)

~ Xasanik ğoma na-moxtu k’oçi goişinams. ()

~ Xasinik ğoman na-moxtu k’oçi goişinaps. ()


:Xasani君は昨日やって来た人のことを思い起こしている」


動詞前辞{go-}は機能不明で、他の動詞前辞と置き換わることはありません。


●●● この動詞は、Pazar郡、 Çamlıhemşin郡の西部、 Ardeşen郡の一部で単人称活用 をしますが、他のすべての地域の方言で複人称活用をします。「動詞の活用」の章を 見てください(→ 13.5.)。 


同根のDA静態動詞 şun ~ şuns 「覚えている」 (→ 12.2.4.11. )

同根のDA移態動詞 gvaşinen 「自然に思い出す」(→ 12.3.7.4.)

~ gaşinen

同根のEDA動態動詞 gvoşinams 「思い出すように仕向ける」(→ 12.4.17.1.)

~ goşinams

同根のEDA動態動詞 guşinams (PZ)「思い出すように仕向ける」(→ 12.4.17.2.)

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12.4.13.4. icoxams () ~ icoxaps (HP) ~ icoxops (ÇX)

(どこにいるのか分からない人を)呼ぶ」

(いるかどうか分からない人を)呼んでみる」

(助けを呼ぶときのように、不特定の人を)呼ぶ」


構文 :「ある人が[能格]人を[絶対格または引用句]呼ぶ」


Yaşarik “Kemali, Kemali” ya do icoxams. ()


Yaşari君が『Kemali君、Kemali君』と(捜しながら)呼んでいる」


同義語 : EA動態動詞 iyoxams (西)(→ 12.4.13.7.)


同根の名詞 ncoxo (FN) ~ coxo (AH)()「名前(1)

同根のEDø動態動詞 ucoxams () 「特定の人を呼ぶ」(→ 12.4.15.5.)

~ ucoxops ()


(1) Coxo ~ ncoxoは「下の名前」のことです(西部方言ではyoxoと言います)。トルコ

共和国には1930年代の末まで「苗字」というものはありませんでした。ラズ人社会で

は下の名前に加えて伝統的に「氏族名」を用いますが、これは行政上の「姓」とは別

のものです。

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12.4.13.5. içinams (PZ)(ÇM)(AŞ)(), içinams ~ içinaps ~ içinops ()

未完了相で「(人を)知っている」

完了相で「(人が)既知の人物であることが分かる」


構文 :「ある人が[能格]ある人を[絶対格]知っている」

~「ある人に[能格]ある人が[絶対格]既知の人物であることが分かる」


未完了相


Kenanik Şeneri içinams. (PZ) Kenani君はŞeneri君を知っている。

~ Kenani Şeneri içinay. (ÇM)(AŞ)

~ Kenanik Şeneri içinams. ()

~ Kenanik Şeneri içinaps. ()

/ Kenanik Şeneri içinops.


完了相


Kenanik Şeneri içinu. (PZ) Kenani君にはそれがŞeneri君だと分かった。

~ Kenani Şeneri içinu. (ÇM)(AŞ)

~ Kenani Şeneri içinu. (中・東)


完了相基本形の否定は「それが誰なのか分からない」現在の状況を表わします。過去の状況を表わすには複合形を用います(→ 13. 「動詞の活用」)


Kenanik Şeneri var-içinu. (PZ)

~ Kenani Şeneri var-içinu. (ÇM)(AŞ)

~ Kenanik Şeneri var-içinu. (中・東)


Kenani君にはそれが旧知のŞeneri君だと分からない、気付いていない。

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12.4.13.6. it’urs (西)(相手を特定せずに)言う、発言する」


構文 :「ある人が[能格]あることを[絶対格]言う、発言する」


Esmak p’anda “Domanç’inu” ya do it’urs. (PZ)

~ Esma irote “Domanç’inu” deyi it’uy. (ÇM)(AŞ)


Esmaさんは、しょっちゅう『疲れた』と言います」


domanç’inu : Dø移態動詞dvanç’inen (疲れる). 完了相基本形・一人称・単数


同義語 12.4.13.12., 12.4.13.14.

類義語 u3’omers ~ u3’umers ~ u3’umars (→ 12.4.17.8.)

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12.4.13.7. iyoxams (西)

(どこにいるのか分からない人を)呼ぶ」

(いるかどうか分からない人を)呼んでみる」

(助けを呼ぶときのように、不特定の人を)呼ぶ」


構文 :「ある人が[能格]人を[絶対格または引用句] 呼ぶ」


Yaşarik “Kemali, Kemali” ya do iyoxams. (PZ)

~ Yaşari “Kemali, Kemali” deyi iyoxay. (ÇM)(AŞ)


Yaşari君が『Kemali君、Kemali君』と(捜しながら)呼んでいる」


同義語 EA動態動詞coxams () ~ icoxaps (HP) ~ icoxops (ÇX)(→ 12.4.13.4.)


類義語 EDø動態動詞uyoxams (→ 12.4.15.8.), ucoxams (→ 12.4.15.5.)

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12.4.13.8. moigorams

(PZ) 「人の家や仕事場に(用事で)立ち寄る」

(AŞ) (FN-Ç’anapet) 「見舞いや挨拶などのために短時間訪問する」


構文 :「ある人が[能格]ある人を[絶対格]訪れる」


Ayşek Emine p’anda moigorams. (PZ)

AyşeさんはEmineさんのところにいつも(何かの用事で)立ち寄ります」


Ayşe Emine hay moigoray. (AŞ)

Ayşeさんは今Emineさんを(見舞いなどのために短時間)訪れます」


Ç’umanişe Ayşek Emine moigorams. (FN-Ç’anapet)

「明日Ayşeさんが Emineさんを見舞いに行きます」


この動詞についている動詞前辞{mo-}は機能不明で、他の動詞前辞と置き換わること

はありません。


同義語 elvakten (AŞ) (→ 13.5.1.1.2.)


● ÇamlıhemşinĞvant出身のSeçkin Yeniçırak氏からの報告によると、同村の

方言でelvaktenは「遠慮する」という意味のADø動態動詞です。「立ち寄る」は

golvaktenと言うそうです。

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12.4.13.9. nç’arums (西)(FN) ~ ç’arums (AH)()「書く」


構文 :「ある人が[能格]あることを[絶対格]書く」


Doğanik ar çitabi nç’arums. (PZ) Doğani君は本を執筆中だ。

~ Doğani ar çitabi nç’aruy. (ÇM)(AŞ)

~ Doğanik ar kitabi nç’a(r)ums. (FN)

~ Doğanik ar kitabi ç’a(r)ums. (AH)

~ Doğanik ar kitabi ç’a(r)ups. (HP)(ÇX)


çitabi ~ kitabi : 本、書物 < トルコ語kitap < アラブ語kitab


同根のEDA動態動詞 unç’arams ~ uç’arams ~ uç’araps (→ 12.4.17.7.)

「他者のために書く、書いてやる」

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12.4.13.10. oncirams 「寝かしつける、眠らせる」


構文 :「ある人が[能格]ある人を[絶対格]寝かしつける」


Eminek bere-muşi oncirams. (PZ) Emineさんが自分の子を寝かしつけている。

~ Emine bere-muşi onciray. (ÇM)(AŞ)

~ Eminek bere-muşi oncirams. ()

~ Eminek bere-muşi onciraps. ()


語頭の{o-}は語幹頭母音です。


同根の動態動詞 incirs (→ 12.4.11.4.)

(西)「眠る」

(中・東) 1. 寝る ; 2. 眠る

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12.4.13.11. oşk’urinams (西) ~ oşkurinams (中・東)「恐怖を与える、怖がらせる」


構文 :「ある人(または動物やもの)[能格]ある人に[絶対格]恐怖を与える」


Mç’apuk ma moşk’urinams. (PZ) 僕はジャッカルが怖い。

~ Mç’apu ma moşk’urinay. (ÇM)(AŞ)

~ Mky’apuk ma moşkurinams. ()

~ Mky’apuk ma moşkurinaps. ()


逐語訳 :「ジャッカルが私に恐怖を与える」


動詞の語頭の{m-}は、絶対格補語に照応する一人称標識です。

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12.4.13.12. tkumers (HP) ~ tkumars (ÇX)(相手を特定せずに)言う、発言する」


構文 :「ある人が[能格]あることを[絶対格]言う、発言する」


Esmak p’ant’a “Domaç’k’indu” ya tkumers. (HP)

~ Esmak p’ant’a “Domaç’k’indu” ya tkumars. (ÇX)


Esmaさんはいつも『疲れた』と言います」


domaç’k’indu : Dø移態動詞daç’k’inden/dvaç’k’inden (疲れる). 完了相基本形・一人称・単数。


同義語 12.4.13.6., 12.4.13.14.

類義語 u3’omers ~ u3’umers ~ u3’umars (→ 12.4.17.8.)

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12.4.13.13. t’axums(薪、石、卵、胡桃などを)割る、(細い棒などを)折る」


構文 :「ある人が[能格]あるものを[絶対格]折る、割る」


Ayhanik makvali t’axums. (PZ) Ayhani君が卵を割っている。

~ Ayhani makvali t’axuy. (ÇM)(AŞ)

~ Ayhanik makvali t’axums. ()

~ Ayhanik makvali t’axups. ()


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◘◘◘ makvali ~ makwali ~ makfali ◘◘◘


本稿では音素表記をしているため「卵」をmakvaliと綴りますが、実際の発音はmakwali (PZ)だったりmakfali (FN)だったりします。ラズ語では、子音に続く位置では/v//f/が中和して超音素/v-f/となります。直前の子音の種類により、また地域によって、おおまかに[v], [f], [w] の三種類の異音が観察できます

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12.4.13.14. zop’ons () (相手を特定せずに)言う、発言する」


構文 :「ある人が[能格]あることを[絶対格]言う、発言する」


Esmak p’anda “Domaç’k’inu” ya zop’ons. (FN-Ç’anapet)

~ Esmak p’anda “Domaç’k’indu” ya zop’ons. (FN)(AH)


Esmaさんはいつも『疲れた』と言います」


domaç’k’inu/domaç’k’indu : Dø移態動詞daç’k’inen/daç’k’inden (疲れる).

完了相基本形・一人称・単数。


同義語 12.4.13.6., 12.4.13.12.

類義語 u3’omers ~ u3’umers ~ u3’umars (→ 12.4.17.8.)

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12.4.14. ED動態動詞 I [能格主語・与格補語・動態動詞]


語幹頭母音 {ø-}


ED動態動詞には、可能法、非人称法、経験法はありません。また対応する使役動詞もありません。

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12.4.14.1. ceçams (西) 「殴る」 ~ geçams (中・東)「叩きつける ; 傷つける」


構文 :「ある人が[能格]ある人を[与格]殴る、傷つける」


完了相基本形の例


Orhanik İsmailis ceçu. (PZ) Orhani君がİsmaili君を殴った。

~ Orhani İsmaili ceçu. (ÇM)(AŞ)


Orhanik İsmailiz geçu. (中・東) Orhani君がİsmaili君を傷つけた。


この動詞についている動詞前辞{ce-} ~ {ge-}は機能不明で、他の動詞前辞で置き換え ることはできません。

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●●● ラズ語で語幹が{-ç-}という形態になっている動詞の多くはイディオム的で、構成要素から語の意味を推測することはできません。現代語では同音ですが、複数の起源があるのかもしれません。


çams 「食事を供する」

gelaçams (中・東) (楽器を)弾く」

meçams 「与える」

meyoçams/meoçams 「呪う」

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12.4.14.2. meşonums ~ meşonuy (西)「来訪を期待している、待ち望んでいる」


構文 :「ある人が[能格]ある人の[与格]来訪を期待している」


Fadimek Amedis meşonums. (PZ) FadimeさんはAmedi君の来訪を期待している。

~ Fadime Amedi meşonuy. (ÇM)(AŞ)


この動詞についている動詞前辞{me-}は機能不明です。他の動詞前辞で置き換えるこ

とはできません。


●●● 引用文を使った構文もあります。


Fadimek “Amedi moxt’asere” ya do meşonums. (PZの西部と中部)

~ Fadimek “Amedi moxt’asen” ya do meşonums. (PZの東部)

~ Fadime “Amedi moxt’asen” ya do meşonuy. (ÇM)(AŞ)


Fadimeさんは『Amedi君が来るだろう』と期待している」


●●● 語義が継続相であるため、この動詞には完了相の形態が欠けています。

(この動詞は、静態動詞と違って、能格主語と与格補語を要請し、複人称活用をします)

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12.4.14.3. meşvens (中・東)「来訪を期待している、待ち望んでいる」


構文 :「ある人が[能格]ある人の[与格]来訪を期待している」


Fadimek Amediz meşvens. (中・東) FadimeさんはAmedi君の来訪を期待している。


この動詞についている動詞前辞{me-}は機能不明です。他の動詞前辞で置き換えるこ

とはできません。


●●● 引用文を使った構文もあります。


Fadimek “Amedi moxtasen” ya do meşvens. (中・東)


Fadimeさんは『Amedi君が来るだろう』と期待している」


●●● 語義が継続相であるため、この動詞には完了相の形態が欠けています。

(この動詞は、静態動詞と違って、能格主語と与格補語を要請し、複人称活用をします)

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12.4.14.4. oroms () ~ x’orops ()「好きだ、愛している」


構文 :「ある人が[能格]ある人を[与格]愛している」


Fatulak Aytekiniz oroms. () FatulaさんはAytekini君を愛している。

~ Fatulak Aytekiniz x’orops. ()


●●● 語義が継続相であるためこの動詞には未完了相しかありません。

(この動詞は、静態動詞と違って、能格主語と与格補語を要請し、複人称活用をします)


同根のDA静態動詞 aoropen[1] (→ 12.2.4.4.)

同根のDA移態動詞 aoropen[2] ~ ax’oropen (→ 12.3.7.2.)

同根のEA動態動詞 ioropinams ~ (n)ix’oropinaps (→ 12.6.2.1.)

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12.4.15. ED動態動詞 II [能格主語与格補語動態動詞]


語幹頭母音 {a-}{i-/u-}{o-}

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12.4.15.1. abgars ~ (n)amgars (HP)「特定の人を標的として泣き声を上げる」


構文 :「ある人が[能格]ある人に聞こえるように[与格]泣き声をあげる」


Berek nana-muşis abgars. (PZ)

~ Bere nana-muşi abgars. (ÇM)(AŞ)

~ Berek nana-muşiz abgars. ()

~ Berek nana-muşiz namgars. (HP)


「子供が母親に聞こえるように泣き声を上げている」


Hopa方言では動詞前辞{me-}(母音の前では{n-})のついた形が普通です。

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12.4.15.2. nacoxen (中・東)「人の家や仕事場にちょっと立ち寄る」


構文 :「ある人が[能格]ある人の[与格]家や仕事場にちょっと立ち寄る」


Amedik p’anda Cemaliz nacoxen. (FN)

~ Amedik iyya Cemaliz nacoxen. (AH)

~ Amedik panta Cemaliz nacoxen. ()


Amedi君はいつもCemali君のところにちょっと立ち寄る」


動詞前辞{ela-}>{ele-}{el-}のついたelacoxenという同義の動詞もあります。主語が

三人称単数で与格補語が二人称単数の未来形の用例を示します。


Ferat’i si elegacoxasen. (FN-Ç’anapet) (*)

Ferat’i君が君のところにちょっと立ち寄るよ」


(*) この用例はÇ’anapet村出身のMusa Karaalioğlu氏からの報告に依っています。


この動詞の語幹は、次々項のADø動態動詞ucoxams (特定の人の名を呼ぶ)の語幹と同

音です。「人の家の前で名を呼んでみる」=「立ち寄る」という仮設は十分に可能です。


もう一つ語幹が同音のEA動態動詞nocoxun ()は、ごく僅かな用例を見る限り

Fındıklı郡では「(問題、悩み事などを)解決しようと努める」Arhavi郡では「ちょっと立

ち寄る」という意味のようです。更なる調査が必要です。


同義語

(PZ) moigorams (EA動態動詞)(1) [動詞前辞{mo-}機能不明]

(ÇM) golvakten (ADø動態動詞) [動詞前辞{golv-}<{gola-}遠くへ]

(AŞ) elvakten (ADø動態動詞)(2) [動詞前辞{elv-}<{ela-} 脇へ]

() mointfalams (EA動態動詞) (f) [動詞前辞{mo-}機能不明]

() ~ mointfals (f)


類義語 (AH) gointfalams (EA動態動詞) 「(病人を)見舞いに行く」(f)


Handğa zabuni gobintfalit. (AH) 今日、私たちは病気見舞いに行きました。(*)


(*) この用例はArhavi在住のOsman Büyüklü氏からの報告に依っています。


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●●● (f)


ラズ語では、子音の後に続く位置では有声子音音素 /v/ と無声子音音素 /f/ は中和して超音素 /v-f/ となります。この超音素は、地域と直前の子音の種類によって[v], [f]または[w]として実現します。本稿ではこの超音素を原則として v と綴っていますが、mointfalams, mointfals, gointfalsの三語については、報告を寄せてくださった方々の書き方を尊重して、特に原文どおり f と綴っています。

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(1) moigoramsは、Ardeşen方言では「短時間、見舞いや挨拶などのために訪問する」

という意味です。


またMusa Karaalioğlu氏によると、FındıklıÇ’anapet村の方言でも「病人を見舞

う」という意味だそうです。


Cumadi-çkimi zabuni ren. Ç’umanişe heya mobigorare. (FN-Ç’anapet)

「おじが病気です。明日、お見舞いに行きます」


(2) elvaktenは、Çamlıhemşin-Ğvant村出身のSeçkin Yeniçırak氏からの報告による

と、同村の方言では「遠慮する」という意味だそうです。

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12.4.15.3. naonen (ÇM)(AŞ) ~ naonams (AŞ)()(好きな)人について行く」(1)


Emine Mustafa naonen. (ÇM)(AŞ) Emine(好きな)Mustafa君について行く。(1)

~ Eminek Mustafaz naonams. ()


(1) 男女関係の場合には「駆け落ちするために」という含みがあります。


この動詞についている動詞前辞{me-}(母音の前では{n-}) は機能不明です。「主語の

人物が話し手を慕ってついて来る」場合でも{mo-}で置き換わることはありません。


別の動詞前辞のついた形もあります。


ek’aonen (AŞ) ~ ek’aonams (AŞ)(FN) 「人の後を追ってついて行く」

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12.4.15.4. nuşvelams (西)(FN) ~ nuşvels (AH)()「助太刀する、手伝う」


構文 :「ある人が[能格]ある人に[与格]手助けする」


Ayhanik baba-muşis nuşvelams. (PZ) Ayhani君が(自分の)父親に手助けしている。

~ Ayhani baba-muşi nuşvelay. (ÇM)(AŞ)

~ Ayhanik baba-muşiz nuşvelams. (FN)

~ Ayhanik baba-muşiz nuşvels. (AH)()

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12.4.15.5. ucoxams () ~ ucoxops ()「特定の人を呼ぶ」


構文 :「ある人が[能格]ある人の[与格]名を呼ぶ」


İhsanik Turgutiz ucoxams. () İhsani君がTurguti君を呼んでいる。

~ İhsanik Turgutiz ucoxops. ()


同根の名詞 ncoxo (FN) ~ coxo (AH)()「名前」(1)

~ yoxo (西)

同根のDA静態動詞 coxons (AH)()~ という名前である」 (→ 12.2.4.6.)

同根のEA動態動詞 icoxams () ( 12.4.13.4.)

(どこにいるのか分からない人の名を)呼ぶ」

「不特定の人を呼ぶ」


(1) Ncoxo ~ coxoは、人間に関しては「下の名前」のことです(西部方言では yoxo )。トルコ共和国には1930年代の末まで「苗字」というものはありませんでした。ラズ人社会では伝統的に「氏族名」を用いますが、行政上の「姓」とは別のものです。

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12.4.15.6. uxapars (PZ)「特定の人物に話しかける」


構文 :「ある人が[能格]ある人に[与格]話しかける」


Yaseminik Uğuriz uxap’ars. (PZ) YaseminiさんがUğuri君に話しかけている。


同義語 EDø動態動詞 ulak’irdams (ÇM)

usinapams (AŞ)(FN)

up’aramitams (AH)

uğarğalaps (HP)(ÇX)

uğağalaps (HP-Sarp)

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12.4.15.7. uyondrams (西)

1. (PZ)(ÇM)(AŞ)(特定の人物を)待つ」

2. (AŞ-Ok’ordule) (移動していて)(特定の人物が後から追いつくのを)待つ」(*)


Xasanik nana-muşis uyondrams. (PZ) Xasani君が母親(の来るの)を待っている。


Xasani nana-muşi uyondray. (ÇM)(AŞ)


1. (ÇM)(AŞ)Xasani君が母親(の来るのを)待っている」

2. (AŞ-Ok’ordule)Xasani君が母親(の追いつくの)を待っている」(*)


同根のEø動態動詞 iyondrams (西)(不特定の人物を)待つ」


類義のEA動態動詞 mç’eşums 1. (PZ) 「尾行する」

2. (ÇM)(AŞ)(家、家畜などの)番をする」

3. (AŞ-Okordule)(静止していて人を)待つ」(*)


(*) Ok’ordule出身のTahsin Ocaklı氏からの報告に依っています。なお同村ではED

動態動詞no3en (見る、眺める)を「家畜の番をする」という意味で用いるとのことです。


Cf. EA動態動詞 çumers (中・東) (人を)待つ」( 13.5.1.1.2.)

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12.4.15.8. uyoxams ~ uoxams (西) 「特定の人を呼ぶ」


構文 :「ある人が[能格]ある人の[与格]名を呼ぶ」


İhsanik Turgutis uyoxams. (PZ) İhsani君がTurguti君を呼んでいる。

~ İhsani Turguti uoxay. (ÇM)(AŞ)


同根の名詞 yoxo (西)「名前」(1)

~ ncoxo (FN) ~ coxo (AH)()

同義語 EDø動態動詞ucoxams ( 12.4.15.5.)

類義語 EA動態動詞 iyoxams ( 12.4.13.7.), icoxams ( 12.4.13.4.) 


(1) Yoxoは、人間に関しては「下の名前」のことです(中部・東部方言ではncoxo ~ coxo と言います)。トルコ共和国には1930年代の末まで「苗字」というものはありませんでした。ラズ人社会では伝統的に「氏族名」を用いますが、行政上の「姓」とは別のものです。


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●●● ラズ語で子音音素が消失すると、「消失したままにしておく」場合もままありま

すが、多くは「音素 /y/ [j] を添加して発音しやすくする」傾向が顕著に認められます。

Çamlıhemşin-Ardeşen方言群の語末の子音群 /-ms/, /-rs/ も、coxoucoxamsの語頭

や語中の子音 /c/ も一様に添加音 /y/ で置き換わっています(→ 22.2.)

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12.4.15.9. coç’ams (西) ~ co3’ams (AD-Ortaalan)(1) ~ gyoç’k’ams (中・東)「始める」


構文 :「ある人が[能格]あることを[与格]始める」

~「ある人が[能格]あることに[与格]取りかかる」


Himuk dulyas coç’ams. (PZ) あの人は仕事に取りかかるところだ。

~ Himu dulya coç’ay. (ÇM)

~ Him, dulya coç’ay. (AŞ)

~ Him, dulya co3’ay. (AŞ-Ortaalan)(1)

~ Heyak dulyaz gyoç’k’ams. (FN)

~ Hemuk dulyaz gyoç’k’ams. (AH)

~ Emuk dulyaz gyoç’k’aps. ()


● (1) co3’ay (疑問形は co3’ams-i ?) という語形はArdeşenOrtaalan村出身のSedat

Alptekin氏からの報告に依っています。


なおOrtaalanはトルコ語で「真ん中の地所」「中央広場」といった意味合いの言葉で

す。同村のラズ語名はないそうです。


この動詞の語頭の{c-} ~ {gy-}は、動詞前辞{ce-} ~ {ge-}の語幹頭母音{o-}の前での

形態です。機能不明で、他の動詞前辞で置き換えることはできません。またこの語で

は語幹頭母音の機能も不明で、他の語幹頭母音で置き換えることはできません。

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12.4.15.10. ogorams (西・中) (特定の相手に)罵詈雑言を浴びせる、口汚く罵る」


Xasanik k’oçis ogorams. (PZ) Xasani君が男に罵詈雑言を浴びせている。

~ Xasani k’oçi ogoray. (ÇM)(AŞ)

~ Xasanik k’oçiz ogorams. ()


同義語 (HP) : ED動態動詞gyok’itxams ~ gyok’itxaps (1)(2)


Xasanik Xuseniz gyok’itxams. (HP-P’eronit)

~ Xasanik Xuseniz gyok’itxaps. (HP) Xasani君が Xuseni君を口汚く罵っている。


(1) Hopa在住のRamiz Bekaroğlu氏からの報告に依っています。


(2) Arhavi在住のOsman Büyüklü氏からの報告によると、Arhavi方言で

gyok’itxams は「陰口を叩く」という意味です。


同根の動態動詞 : igorams (独り言で)罵詈雑言を口にする」(→ 12.4.11.3.)


類義語 : ED動態動詞 : meyoçams/meoçams 「呪う」

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12.4.15.11. no3’ers (PZ) ~ no3’en (ÇM)(AŞ) ~ o3’k’en () ~ o3’k’en/o3’kers () 「見る、見つめる、眺める」


構文 :「ある人が[能格]あるものを[与格]見る、見つめる、眺める」


Ayşek yalis no3’ers. (PZ) Ayşeさんが鏡を見ている。

~ Ayşe yali no3’en. (ÇM)(AŞ)

~ Ayşek yaliz o3’k’en. ()

~ Ayşek yaliz o3’k’en. ()

/Ayşek yaliz o3’k’ers.


西部方言形にのみついている動詞前辞{me-} (母音の前で{n-})は機能不明です。視線

が話し手に向かうときでも{mo-}で置き換わることはありません。


この動詞についている語幹頭母音{o-}の機能も不明です。


諸種の動詞前辞を使って視線の方向を明確に言い分けることができます。


Çamlıhemşin-Ardeşen方言形を例に取ると dolo3’en (鉛直方向に深い狭い空間の底のほうを眺め下ろす), meşk’o3’en (水平方向に深い狭い空間の奥のほうを眺めやる), ela3’en (斜面の上のほうを見上げる), cela3’en (斜面の下のほうを見下ろす)など。


なお形態だけでなく、動詞前辞の表わす意味にも、語幹頭母音の有無にも、方言差があります。

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12.4.16. EDA動態動詞 I [能格主語・与格補語・絶対格補語・動態動詞]


語幹頭母音 {ø-}


EDA動態動詞には、可能法、経験法はありません。また対応する使役動詞もありません。

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12.4.16.1. meçams「与える」


ラズ語には「やる、上げる、くれる、下さる、授ける、与える、差し上げる」などの区別はありません。与える人物と受ける人物の人称と数を表示することで授受の状況を明示します。


●●● 動詞前辞{me-}(話し手のいる場所から遠ざかって)は、受ける人物が話し手であるときには{mo-}(話し手のほうへ)で置き換わります。


構文 :「ある人が[能格]ある人に[与格]あるものを[絶対格]与える」


Omerik Aydinis ombri meçams. (PZ)    Omeri君がAydini君にすももをやる。

~ Omeri Aydini ombri meçay. (ÇM)(AŞ)

~ Omerik Aydiniz ombri meçams. (FN)

~ Omerik Aydiniz omuri meçams. (AH)

~ Omerik Aydiniz x’omuri meçaps. ()


Omerik si ombri mekçams. (PZ) Omeri君が君にすももをくれる。

~ Omeri si ombri mekçay. (ÇM)(AŞ)

~ Omerik si ombri mekçams. (FN)

~ Omerik si omuri mekçams. (AH)

~ Omerik si x’omuri mekçaps. ()


Omerik ma ombri momçams. (PZ) Omeri君が僕にすももをくれる。

~ Omeri ma ombri momçay. (ÇM)(AŞ)

~ Omerik ma ombri momçams. (FN)

~ Omerik ma omuri momçams. (AH)

~ Omerik ma x’omuri momçaps. ()


動詞前辞と語幹の間に現れる{-k-}は二人称の、{-m-}は一人称の標識で、与格補語 照応します。詳細は「動詞の活用」の章( 13.5.)を見てください。


同根のEDA動態動詞 niçams  ( 次項)

同根のEDA動態動詞 nuçams ( 12.4.17.3.)

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: niçams EA動態動詞「自分が功徳を積むことを目的として寄付や施しをする」


構文 :「ある人が[能格](ある人に[処格])あるものを[絶対格](自分の功徳のために)与える」


この動詞は、前項の動詞の語幹頭母音{ø-}(= 欠如)を「自分自身の利益(または損失)のための行為」を表わす{i-}で置き換えたものです。


主語(= 非表示の与格補語)の人称と数にのみ照応する単人称活用をします。処格の項がなくても文は成立します。


Sabrik fakirepes cenç’areri niçams. (PZ)

~ Sabri fakirepe cenç’areri niçay. (ÇM)(AŞ)

~ Sabrik fakirepez genç’are(r)i niçams. (FN)

~ Sabrik fakirepez geç’are(r)i niçams. (AH)

~ Sabrik fakirepez geç’are(r)i niçaps. ()


:Sabri君は、功徳を積むために、貧者に施しをする」

逐語訳 :Sabriは、自分自身の利益のために、貧しい人たちに紙幣を与える」


cenç’areri ~ genç’areri ~ geç’areri : 1. cenç’arums ~ genç’arums ~ geç’arums (書き付ける)

の分詞「書き付けてある」「書き付けた(もの)

2. 紙幣


同根のEDA動態動詞 meçams ( 前項)

同根のEDA動態動詞 nuçams ( 12.4.17.3.)

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12.4.17. EDA動態動詞 II [能格主語・与格補語・絶対格補語・動態動詞]


語幹頭母音 {o-}{i-/u-}


EDA動態動詞には、可能法、非人称法、経験法はありません。

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12.4.17.1. gvoşinams (ÇM)(AŞ) ~ goşinams (PZ)(AŞ-Dutxe)()(HP) ~ goşinaps (HP) ~ gvoşinaps (ÇX)

「思い出すように仕向ける」


Ham himu a mutxa gvoşinay. (ÇM, AŞ)

「この人はあの人が何かを思い出すように仕向けている」


Heyak ma a muntxa gomoşinams. (FN)

「あの人は私が何かを思い出すように仕向けている」


Hemuk si a muntxa gogoşinams. (AH)

「あの人はあなたが何かを思い出すように仕向けている」


Emuk amuz a mutxani goşinaps. (HP)

~ Emuk amus a mutxani gvoşinaps. (ÇX)

「あの人はこの人が何かを思い出すように仕向けている」


同義のEDA動態動詞 guşinams (PZ)(→ 12.4.17.2.)


同根のDA静態動詞 şun ~ şuns 「覚えている」 (→ 12.2.4.11. )

同根のDA移態動詞 gvaşinen 「ひとりでに思い出す」(→ 12..4.3.4.)

~ gaşinen

同根のEA動態動詞 goişinams 「偲ぶ」(→ 12.4.13.3.)

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12.4.17.2. guşinams (PZ)「思い出すように仕向ける、思い起こさせる」


構文 :

「ある人(もの、こと)[能格]ある人に働きかけて[与格]あること(ひと、もの)[絶対格]思い出すように仕向ける」

~「ある人は[能格]ある人が[与格]あることを[絶対格]思い出すように仕向ける」


Mç’ita porçak Arifis Nazimiye guşinams. (PZ)


「赤いブラウスはArifi君にNazimiyeさんのことを思い出させる」

(= Arifi君は赤いブラウスを見るとNazimiyeさんのことを思い出してしまう)


同義のEDA動態動詞 gvoşinams (→ 12.4.17.1.)

~ goşinams

同根のDA静態動詞 şun ~ şuns 「覚えている」 (→ 12.2.4.11. )

同根のDA移態動詞 gvaşinen 「ひとりでに思い出す」(→ 12..4.3.4.)

~ gaşinen

同根のEA動態動詞 goişinams 「偲ぶ」(→ 12.4.13.3.)

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12.4.17.3. nuçams1. 他者のものを与える 2. 他者に代って与える」


構文 :「ある人が[能格]ある人の所有する[与格]あるものを[絶対格]与える」

~「ある人が[能格]ある人に代って[与格]あるものを[絶対格]与える」


Yusufik nana-muşis elektrik-para nuçams. (PZ)

~ Yusufi nana-muşi elektrik-para nuçay. (ÇM)(AŞ)

~ Yusufik nana-muşiz elektrik-para nuçams. ()

~ Yusufik nana-muşiz elektrik-para nuçaps. ()


Yusufi君は(自分の)母親に代って電気代を支払う」(1)


para ~ pere : 通貨、お金、銭[ぜに] < トルコ語para


●●● (1) この文は「電気代を誰に支払うのか」は表わしません。重要なのは「誰に代っ

支払うか」です。


同根のEDA動態動詞 meçams ( 12.4.16.1.)

同根のEA動態動詞 niçams (→ 12.4.16.1.)

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12.4.17.4. nuk’vatams1. 他者のものを切る 2.他者に代って切る、切ってやる」


構文 :「ある人が[能格]ある人の所有する[与格]あるものを[絶対格]切る」

~「ある人が[能格]ある人に代って[与格]あるものを[絶対格]切る」


İsmak beres bu3xa nuk’vatams. (PZ)

~ İsma bere bu3xa nuk’vatay. (ÇM)(AŞ)

~ İsmak berez bu3xa nuk’vatams. ()

~ İsmak berez bu3xa nuk’vataps. ()


İsma君が子供の爪を切ってやっている」


同根語 kvatums 1. Eø動態動詞「(刃物が)よく切れる、鋭利である」

2. EA動態動詞「切る」


mekvatums EA動態動詞「(あるものの)一部分を切る、切り傷をつける」

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12.4.17.5. nuncğonams(ものを)送る」


構文 :「ある人が[能格]ある人に[与格]あるものを[絶対格]送る、送付する」


Ebruk Turgayis Cumalişi mail-adresi nuncğonams. (PZ)

~ Ebru Turgayi Cumalişi mail-adresi nuncğonay. (ÇM)(AŞ)

~ Ebruk Turgayiz Cumalişi mail-adresi nuncğonams. ()

~ Ebruk Turgayiz Cumalişi mail-adresi nuncğonaps. ()


Ebru君がTurgayi君にCumali君のメール・アドレスを送ってやる」


送付先が話者自身であるときは、動詞前辞が{mo-}(話者のほうへ)で置き換わります。


Ebruk ma Cumalişi mail-adresi momincğonams. (PZ)

~ Ebru ma Cumalişi mail-adresi momincğonay. (ÇM)(AŞ)

~ Ebruk ma Cumalişi mail-adresi momincğonams. ()

~ Ebruk ma Cumalişi mail-adresi momincğonaps. ()


Ebru君が私にCumali君のメール・アドレスを送ってくれる」


この動詞には、語幹頭母音{ø-}の形態はありません。

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12.4.17.6. uncirams(他者の子供などを)寝かしつけてやる」


構文 :「ある人が[能格]ある人の家族の[与格]ある人を[絶対格]寝かしつけてやる」


Mehdik Aşelas bere uncirams. (PZ)

Mehdi Aşela bere unciray. (ÇM)(AŞ)

Mehdik Aşelaz bere uncirams. ()

Mehdik Aşelaz bere unciraps. ()


Mehdi君がAşelaさんに代わって子供を寝かしつけてやっている」


同根のEA動態動詞 oncirams (→ 12.4.13.10.)


Mehdik Aşelaşi bere oncirams.

Mehdi君がAşelaさんの子供を寝かしつけている」

(こちらの表現には「他者に代って」という含みはありません)

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12.4.17.7. unç’arams1. 人に宛てて書く 2. 他者に代って書いてやる」


構文 :「ある人が[能格]ある人のために[与格]あること(もの)[絶対格]書く」

~「ある人が[能格]ある人に代って[与格]あること(もの)[絶対格]書く」


Bexak Ç’emus ar dest’ani unç’arams. (PZ)

Bexa Ç’emu ar dest’ani unç’aray. (ÇM)(AŞ)

Bexak Ç’emuz ar destani unç’arams. (FN)

Bexak Ç’emuz ar destani uç’arams. (AH)

Bexak Ç’emuz ar destani uç’araps. ()


1. BexaさんがÇ’emu君に宛ててdestaniを一篇書いている」

2. BexaさんがÇ’emu君に代ってdestaniを一篇書いてやっている」


destani ~ destani : 叶わぬ恋や満たされぬ慕情を歌ったラズ伝統形式の詩歌


同根のEA動態動詞 nç’arums ~ ç’arums ~ ç’a(r)ups ( 12.4.13.9.)

(特に誰のためということはなく)書く」

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12.4.17.8. u3’omers (西) ~ u3’umers ()(HP) (*) ~ u3umers/u3umars (ÇX)(***)

「特定の人物に向かって物を言う」


構文 :「ある人が[能格]ある人に向かって[与格]あることを[絶対格]言う」


Musak mitis m3udi var-u3omers. (PZ) Musa君は誰にも嘘をつかない。

~ Musa miti m3udi var-u3’omey. (ÇM)(AŞ)

~ Musak mitiz m3udi var-u3’umers. (中・東) (***)


●●● (*) u3umels (FN-Sumela) :


FındıklıSumela村在住のNurdoğan Demir Abaşişi氏によると同村と近辺では

u3umelsと発音するとのことです。氏は著書『ラズ民話集』(“Lazuri P’aramitepe/

Laz Halk Masalları” Kolkhis, İstanbul, 2005) でもこの綴りを採用しています。


だからと言って氏の著書が同村付近の方言の忠実な資料であるというわけではありま

せん。「忘れられかけているラズ語の語彙を次の世代に伝えるためにトルコ語起源と

思われる語彙を可能な限り他の地域の方言のラズ語語彙で置き換えた」ことを氏は隠

しません。「他の地域の方言」の氏にとってのほぼ唯一の資料はİsmail Avcı Bucaklişi

Hasan Uzunhasanoğlu共著の『ラズ語トルコ語辞典』(İstanbul, 1999)だとのことで

す。同書には、おびただしい間違いがあるだけでなく、恣意的に捏造した「語義」や

「単語」が多数掲載してあることに氏が気付かなかったはずはないのですが・・・


(***) 本稿の筆者はÇxala村で u3’umersという形態を確認し、{-umars}という同村方言の普通の語尾ではないのを不思議に思っていましたが、同村在住のTaner Merttürk氏からの報告によるとÇxala方言ではu3’umersu3’umarsと二通りの言い方が共存しているとのことです。


類義のEA動態動詞「(相手を特定しないで)ものを言う、発言する」

it’urs (西) ( 12.4.13.6.)

zop’ons () ( 12.4.13.14.)

tkumers (HP) ~ tkumars (ÇX) ( 12.4.13.12.)

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12.5. 使役動詞


12.5.1. {-in}使役動詞


12.5.1.1. {-in}EA使役動詞

12.5.1.2. {-in}EDA使役動詞


12.5.2. {-ap}使役動詞


12.5.2.1. {-ap}EDA使役動詞 I

12.5.2.2. {-ap}EDA使役動詞 II


12.5.3. {-in}+{ap}使役動詞 (二重使役動詞)


12.5.3.1. {-in}+{-ap}EDA使役動詞

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ラズ語には能格主語動態動詞から使役動詞を形成する接辞が{-in}{-ap}二種類あります。


ラズ語には機能不明の形態素が多数あります。{-in}{-ap}も必ずしも使役語幹形成 接辞とは限りません。


本稿では、次の三つの条件を満たすもののみを「使役動詞」と定義しています。後述する「魅了動詞」と比較してください。(→ 12.6.)


1. 下記の五種類の構成のいずれかである。

2. それぞれの構成の右側に示した構文を要請する。

3. 他者にある行為を実行させることを意味する。(*)


(*) 「ある状態になるように仕向ける」のではありません。


[1] 語幹頭母音{o-} + 動態動詞語幹 + 使役標識{-in} = EA構文


[2] 語幹頭母音{i-/u-} + 動態動詞語幹 + 使役標識{-in} = EDA構文


[3] 語幹頭母音{o-} + EA動態動詞語幹 + 使役標識{-ap} = EDA構文


[4] 語幹頭母音{i-/u-} + EA動態動詞語幹+ 使役標識{-ap} = EDA構文


[5] 語幹頭母音{o-} + 動態動詞語幹 + 使役標識{-in} + {-ap} = EDA構文


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●●● [語幹頭母音{o-} + Aø動態動詞語幹+ {-in}] という構成のものは、本稿では使役動詞とは分類しておりません。


また、一部のAø動態動詞の語幹頭母音を{o-}で置き換えた形態のEA動態動詞が「使役的な」意味を担っています(語幹脚は{-am}になります)。これに使役標識{-ap}がつくと「二重使役的な」意味のEDA使役動詞になります。下の例を見てください。


Aø動態動詞 EA動態動詞 EDA使役動詞


doxedun () doxunams (らせる) doxunapams (坐らせろと命じる)

~ dvoxunaps (ÇX) ~ dvoxunapaps (ÇX)


incirs ( ; ) oncirams (かしつける) oncirapams (寝かしつけさせる)


putxun (飛ぶ) oputxinams (飛ばす) oputxinapams (飛ばせと命じる)

______________________________________________________________________


12.5.1. {-in}使役動詞

______________________________________________________________________


12.5.1.1. {-in}EA使役動詞


構文 : {使役者 = 能格} + {実行者 = 絶対格}


「使役者」は、命令する人、依頼する人、原因を作った人などです。

______________________________________________________________________


12.5.1.1.1. obgarinams ~ omgarinaps ~ obgarinaps「泣かす、泣かせる」


構文 :「ある人が[能格]ある人を[絶対格]泣かせる」


Ar k’oçik xorz*a-muşi obgarinams. (PZ) ある男が妻を泣かせている。

Ar k’oçi oxorca-muşi obgarinay. (ÇM)(AŞ)

Ar k’oçik oxorca-muşi obgarinams. ()

Ar k’oçik oxorca-muşi omgarinaps. (HP)

Ar k’oçik oxorca-muşi obgarinaps. (ÇX)


同根のEø動態動詞 ibgars ~ imgars「泣く」

______________________________________________________________________


12.5.1.2. {-in}EDA使役動詞


構文 : {使役者 = 能格} + {与格補語 = 与格} + {実行者 = 絶対格}


「与格補語」は、被害者や所有者であることもあります。

______________________________________________________________________


12.5.1.2.1. ubgarinams ~ umgarinaps ~ ubgarinaps(他者の子供などを)泣かせる」


構文 :「ある人が[能格]ある人の[与格]子供などを[絶対格]泣かせる」


Ar k’oçik Yusufis bere ubgarinams. (PZ) ある男がYusufiの子供を泣かせている。

Ar k’oçi Yusufi bere ubgarinay. (ÇM)(AŞ)

Ar k’oçik Yusufiz bere ubgarinams. ()

Ar k’oçik Yusufiz bere umgarinaps. (HP)

Ar k’oçik Yusufis bere ubgarinaps. (ÇX)

______________________________________________________________________


12.5.2. {-ap}使役動詞

______________________________________________________________________


12.5.2.1. {-ap}EDA使役動詞 I


語幹頭母音{o-}


構文 : {使役者 = 能格} + {実行者 = 与格} + {動作の対象 = 絶対格}

______________________________________________________________________


12.5.2.1.1. oncirapams「寝かしつけさせる」


構文 :「ある人が[能格]ある人に[与格]子供などを[絶対格]寝かしつけさせる」


Yaşarik ma bere moncirapams. (PZ)

Yaşari ma bere moncirapay. (ÇM)(AŞ)

Yaşarik ma bere moncirapams. ()

Yaşarik ma bere moncirapaps. ()


Yaşari君が私に子供を寝かしつけさせています」


動詞の語頭の{m-}は、与格の「実行者」に照応する一人称標識です。


同根のEA動態動詞 oncirams「寝かしつける」(→ 12.4.13.10.)

同根のEDA使役動詞 uncirapams ( 12.5.2.2.1.)

______________________________________________________________________


12.5.2.1.2. onç’arapams ~ oç’arapams「書かせる」


構文 :「ある人が[能格]ある人に[与格]あるものを[絶対格]書かせる」


Erolik si ar çitabi gonç’arapams-i ? (PZ) Eroli君は君に本を書かせているのかい。

Eroli si ar çitabi gonç’arapams-i ? (ÇM)(AŞ)

Erolik si ar kitabi gonç’arapams-i ? (FN)

Erolik si ar kitabi goç’arapams-i ? (AH)

Erolik si ar kitabi goç’arapaps-i ? ()



動詞の語頭の{g-}は、与格の「実行者」に照応する二人称標識です。


同根のEA動態動詞 nç’arums ~ ç’arums「書く」(→ 12.4.13.9.)

同根のEDA使役動詞 unç’arapams ~ uç’arapams( 12.5.2.2.2.)

______________________________________________________________________


12.5.2.2. {-ap}EDA使役動詞 II


語幹頭母音{i-/u-}


構文 : {使役者 = 能格} + {与格補語 = 与格} + {動作の対象 = 絶対格}

______________________________________________________________________


12.5.2.2.1. uncirapams ()(他者の子供などを)寝かしつけさせる」


構文 :「ある人が[能格]ある人のために[与格]子供などを[絶対格]寝かしつけさせる」


ø (ÇM)(AŞ)

Yaşarik ma bere mincirapams. ()

ø ()


Yaşari君は、私のために子供を(誰かに頼んで)寝かしつけさせてくれています」


動詞の語頭の{m-}は、与格の「与格補語」に照応する一人称標識です。


●●● この動詞は「実行者」(誰に命じて寝かしつけさせているのか)は表わしません。重要なのは「与格補語」(誰のために子供を寝かしつけさせているか)です。


この動詞は中部方言でしか用いないようです。

Çamlıhemşin-Ardeşen方言で同義の文は次のように表現します。


Yaşari şk’imi şeni bere oncirapay. (ÇM)(AŞ)


同根のEDA使役動詞 oncirapams (→ 12.5.2.1.1.)

______________________________________________________________________


12.5.2.2.2. unç’arapams ~ uç’arapams「他者のために書かせる」


構文 :「ある人が[能格]ある人のために[与格]あるものを[絶対格]書かせる」


Erolik si ar çitabi ginç’arapams-i ? (PZ)

ø (ÇM)

Eroli si ar kitabi ginç’arapams-i ? (AŞ-Ok’ordule) (*) 

Erolik si ar kitabi ginç’arapams-i ? (FN)

Erolik si ar kitabi giç’arapams-i ? (AH)

Erolik si ar kitabi giç’arapaps-i ? ()


Eroli君は君のために本を書かせているのかい」


動詞の語頭の{g-}は、与格の「与格補語」に照応する二人称標識です。


●●● この動詞は「実行者」(誰に命じて書かせているのか)は表わしません。重要なのは 「与格補語」(誰のために本を書かせているか)です。


● (*) この文例はOk’ordule村出身の Tahsin Ocaklı氏からの報告によります。


Çamlıhemşin方言とArdeşenOrtaalan村などの方言では、同義の文を下のように表 現します。


Eroli sk’ani şeni ar çitabi onç’arapams-i ? (ÇM)(AŞ)


同根のEA動態動詞 nç’arums ~ ç’arums「書く」

同根のEDA使役動詞 onç’arapams ~ oç’arapams「書かせる」(→ 12.5.2.1.2.)

______________________________________________________________________


12.5.3. {-in}+{-ap}使役動詞 (二重使役動詞)

______________________________________________________________________


12.5.3.1. {-in}+{-ap}EDA使役動詞


構文 : {命令者 = 能格} + {命令伝達者 = 与格} + {実行者 = 絶対格}

______________________________________________________________________


12.5.3.1.1. obgarinapams ~ omgarinapaps ~ obgarinapaps「泣かせろと命令する」


構文 :「ある人が[能格]ある人に[与格]ある人を[絶対格]泣かせろと命じる」


Emrek Nacis Ayşe obgarinapams. (PZ)

ø (ÇM)(AŞ) (*)

Emrek Naciz Ayşe obgarinapams. ()

Emrek Naciz Ayşe omgarinapaps. (HP)

Emrek Nacis Ayşe obgarinapaps. (ÇX)


Emre君はNaci君にAyşeさんを泣かせろと命じている」


与格の「実行者」に照応する三人称標識は{ø-}です。


(*) (ÇM)(AŞ) Çamlıhemşin-Ardeşen 方言群では、能格・与格の語尾が消失しているため「ある人ある人ある人」と無標識の名詞が連続することになってしまうためか、この構文は用いません。「ある人がある人に『ある人を泣かせろ』と言う」という言い方をします。


同根の{-in}EA使役動詞 obgarinams ~ omgarinaps ~ obgarinaps (→ 12.5.1.1.1.)

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12.6. 魅了動詞


12.6.1. 移態動詞から派生した魅了動詞

12.6.1.1. guç’ondinams ~ guç’ondrinams

12.6.1.2. gvoç’ondrinams

~ goç’k’ondinapams ~ goç’k’endinapems ~ goç’k’endinapams

~ goç’k’endinapaps/goç’k’ondinapaps ~ gvoç’k’endinapaps

12.6.1.3. mu3’ondrinams

12.6.1.4. mo3’ondrinams

~ mo3’ondinapams ~ mo3’ondinapems ~ mo3’ondinapaps


12.6.2. 再帰魅了動詞

12.6.2.1. ioropinams ~ ix’oropinaps

______________________________________________________________________


12.6.1. 移態動詞から派生した魅了動詞

______________________________________________________________________


12.6.1.1. guç’ond(r)inams (PZ) ~ guç’ondrinams (AŞの一部)

(他のことに注意を向けさせて大事なことを)忘れるように仕向ける」

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◘◘◘

この動詞の語幹末の{-in}は、使役語幹形成接辞と同音です。


この動詞は{-in}EDA使役動詞と同じ形態ですが、語幹頭母音が{i-/u-}に限り、EDA構文のみを取ります。そして「与格補語」が「魅了されて大事なことを忘れる人」であり、絶対格補語は「忘れる対象」です。


一方{-in}使役動詞は、語幹頭母音が{o-}EA構文を取るのが基本であり、与格補語を表示するときに限って語幹頭母音{o-}{i-/u-}で置き換わってEDA構文を取ります。与格補語は「狭義の与格補語」「被害者」「所有者」などであり、「行為を実行させられる人」が絶対格補語です。

◘◘◘

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構文 :

「ある人が[能格]ある人に働きかけて[与格]あることを[絶対格]忘れるように仕向ける」

~「ある人は[能格]ある人が[与格]あることを[絶対格]忘れるように仕向ける」


Hinik beres nana-muşi guç’ondines. (PZ)

~ Hini bere nana-muşi guç’ondriney. (AŞ-Ok’ordule)


「あの人たちは子供が母親のことを忘れるように仕向けた」

(= 子供が母親のいないのをさびしがって泣いたりしないように楽しく遊ばせてやった)


同根同義のEDA魅了動詞 (→ 12.6.1.2.)

gvoç’ondrinams (ÇM)(AŞの一部)

~ goç’k’ondinapams (FN)

~ goç’k’endinapems (AH-Pilarget など)

~ goç’k’endinapams (AH)

~ goç’k’endinapaps/goç’k’ondinapaps (HP)

~ gvoç’k’endinapaps (ÇX)

同根のEA動態動詞 「忘れるように努める」(→ 12.4.13.2.)

goiç’ondrinams (西)

~ goiç’k’ondinams (FN)

~ goiç’k’endinams (AH)()


同根のDA移態動詞 「忘れる」(→ 12.3.7.5)

goç’ondrun ~ gvoç’ondrun (西)

~ goç’k’ondun ()(HP)

~ gvoç’k’ondun (ÇX)

____________________________________________________________________________


12.6.1.2. gvoç’ondrinams (ÇM)(*)(AŞの一部)

goç’k’ondinapams (FN)

~ goç’k’endinapems (AH-Pilarget など)

~ goç’k’endinapams (AH)

~ goç’k’endinapaps/goç’k’ondinapaps (HP)

~ gvoç’k’endinapaps (ÇX)

「忘れるように仕向ける」


(*) 魅了動詞の分布に関してÇamlıhemşin郡にはKomilo村や Abiçxo村など未調査のところが残っています。

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◘◘◘

この動詞の語幹末の接辞{-in}{-ap}は、使役語幹形成接辞と同音です。


この動詞の西部方言形は、一見{-in}使役動詞と同じ形態ですが、構文が違います。この動詞は常に語幹頭母音が{o-}であり、EDA構文を取ります。これに対して{-in}使役動詞は、語幹頭母音が{o-}であればEA構文を取り、語幹頭母音が{i-/u-}であればEDA構文を取ります。


中部・東部方言形は、一見{-in}+{-ap}使役動詞と同じ形態で、しかも同じEDA構文を取りますが、与格補語の機能が違います。この動詞の与格補語は「魅了されて忘れるに至る人」ですが、これに対して{-in}+{-ap}使役動詞の与格補語は「仲介・使役者」です。◘◘◘

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構文 :

「ある人が[能格]ある人に働きかけて[与格]あることを[絶対格]忘れるように仕向ける」

~「ある人は[能格]ある人が[与格]あることを[絶対格]忘れるように仕向ける」


Hini bere nana-muşi gvoç’ondriney. (ÇM)(AŞ-Ortaalan)

~ Henterek berez nana-muşi goç’k’ondinapez. (FN)

~ Hemtepek berez nana-muşi goç’k’endinapez. (AH)

~ Entepek berez nana-muşi goç’k’endinapez. (HP)

~ Entepek beres nana-muşi gvoç’k’endinapes. (ÇX)


「あの人たちは子供が母親のことを忘れるように仕向けた」

(= 子供が母親のいないのをさびしがって泣いたりしないように楽しく遊ばせてやった)


同根のDA移態動詞「忘れる」(→ 12.3.7.5.)


同根同義のEDA魅了動詞 guç’ond(r)inams (PZ)(AŞの一部) (→ 12.6.1.1.)

______________________________________________________________________


12.6.1.3. mu3’ondrinams (PZ)(AŞの一部)(*)「好むように仕向ける」


(*) 魅了動詞の分布に関してÇamlıhemşin郡にはKomilo村や Abiçxo村など未調査のところが残っています。

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◘◘◘

この動詞の語幹末の{-in}は、使役語幹形成接辞と同音です。


この動詞は{-in}EDA使役動詞と同じ形態ですが、語幹頭母音が{i-/u-}に限り、EDA構文のみを取ります。そして「与格補語」が「魅了されて好むようになる人」であり、絶対格補語は「好む対象」です。


一方{-in}使役動詞は、語幹頭母音が{o-}EA構文を取るのが基本であり、与格補語を表示するときに限って語幹頭母音{o-}{i-/u-}で置き換わってEDA構文を取ります。与格補語は「狭義の与格補語」「被害者」「所有者」などであり、「行為を実行させられる人」が絶対格補語です。


◘◘◘

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構文 :

「ある人が[能格]ある人に働きかけて[与格]あるものを[絶対格]好むように仕向ける」

~「ある人は[能格]ある人が[与格]あるものを[絶対格]好むように仕向ける」


Turgutik bere-şk’imis m3’u mu3’ondrinu. (PZ)

~ Turguti bere-şk’imi m3’u mu3’ondrinu. (AŞ-Ok’ordule)


Turguti君は私の子供がm3’u ~ m3’k’oを好むように仕向けた」

(= 食べさせてくれて美味なものだと教えてくれた)


m3’u ~ m3’k’o : 果物、果樹の名。ラズ語域で広範囲に栽培している常緑潅木で、青紫か暗紫色の小粒の球状の実が生る。やや渋みのある濃い甘酸っぱい味で、食べ慣れると深い味わいがある。


与格補語が一人称の例

Doğani ma m3’u momi3’ondrinu. (AŞ-Ok’ordule) (*)


Doğani君が私にm3’u ~ m3’k’oの味を教えてくれた」


(*) この文例はOk’ordule村出身の Tahsin Ocaklı氏からの報告によります。


同根同義のEFA魅了動詞 mo3’ondrinams (ÇM)(AŞの一部)

~ mo3’ondinapams (中・東) (→ 12.6.1.4.)

同根のDA移態動詞 mo3’ondun 「好む、気に入る」 (→ 12.3.7.6.)

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12.6.1.4. mo3’ondrinams (ÇM)(*)(AŞの一部) ~ mo3’ondinapams (中・東)

「好むように仕向ける」


(*) 魅了動詞の分布に関してÇamlıhemşin郡にはKomilo村や Abiçxo村など未調査のところが残っています。

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◘◘◘

この動詞の語幹末の接辞{-in}{-ap}は、使役語幹形成接辞と同音です。


この動詞の西部方言形は、一見{-in}使役動詞と同じ形態ですが、構文が違います。この動詞は常に語幹頭母音が{o-}であり、EDA構文を取ります。これに対して{-in}使役動詞は、語幹頭母音が{o-}であればEA構文を取り、語幹頭母音が{i-/u-}であればEDA構文を取ります。


中部・東部方言形は、一見{-in}+{-ap}使役動詞と同じ形態で、しかも同じEFA構文を取りますが、与格補語の機能が違います。この動詞の与格補語は「魅了されて好むようになる人」ですが、これに対して{-in}+{-ap}使役動詞の与格補語は「仲介・使役者」です。◘◘◘

◘◘◘

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構文 :

「ある人が[能格]ある人に働きかけて[与格]あるものを[絶対格]好むように仕向ける」

~「ある人は[能格]ある人が[与格]あるものを[絶対格]好むように仕向ける」


Turguti bere-şk’imi m3’u mo3’ondrinu. (AŞ-Ortaalan)

Turgutik bere-çkimiz m3’k’o mo3’ondinapu. (中・東)


Turguti君は私の子供がm3’u ~ m3’k’oを好むように仕向けた」

(= 食べさせてくれて美味なものだと教えてくれた)


m3’u ~ m3’k’o : 果物、果樹の名。ラズ語域で広範囲に栽培している常緑潅木で、青紫か暗紫色の小粒の球状の実が生る。やや渋みのある濃い甘酸っぱい味で、食べ慣れると深い味わいがある。


与格補語が一人称の例

Doğani ma m3’u momo3’ondrinu. (AŞ-Ortaalan) (*)


Doğani君が私にm3’u ~ m3’k’oの味を教えてくれた」


(*) この文例はOrtaalan村出身の Sedat Alptekin氏からの報告によります。


同根同義のEDA魅了動詞 mu3’ondrinams (PZ)(AŞの一部) (→ 12.6.1.3.)

同根のDA移態動詞 mo3’ondun「好む、気に入る」(→ 12.3.7.6.)

______________________________________________________________________


12.6.2. 再帰魅了動詞

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12.6.2.1. ioropinams (西・中) ~ nix’oropinaps (HP)「魅了する」(*)


(*) 逐語訳ならぬ「逐訳」は「自分に惚れ込ませる」


構文 :「ある人が[能格]ある人を[絶対格]自分に惚れ込ませる、魅了する」


この動詞は、絶対格補語に照応して複人称活用をします(→ 13.11.2.)


Fatulak Mustafa (d)ioropinu. (PZ) FatulaさんはMustafa君を魅了した。

~ Fatula Mustafa (d)ioropinu. (ÇM)(AŞ)

~ Fatulak Mustafa (d)ioropinu. ()

~ Fatulak Mustafa nix’oropinu. (HP)


Hopa方言では動詞前辞{me-}(母音の前では{n-})のついた形態です。


この動詞は「愛している」「惚れる、恋に落ちる」などを意味する動詞と同根です。 語幹頭母音は「自分自身を、自分自身のために」などを意味する{i-}です。


同根のED動態動詞 oroms ~ x’orops (→ 12.4.14.4.)

同根のDA静態動詞 aoropen[1] (→ 12.2.4.4.)

同根のDA移態動詞 aoropen[2] (→ 12.3.7.2.)

______________________________________________________________________


12.7. 判断動詞


12.7.1. 「取り違えられる」 AP構文 [絶対格主語・叙述語]

12.7.2. 「別人と思い込む」 DAP構文 [与格主語・絶対格補語・叙述語]

12.7.3. 「似ている」 AD構文 [絶対格主語・与格補語]

12.7.4. 「取り違える」(トルコ語のなぞりかと思わせる「擬似使役」動詞)

12.7.5. 「値する」 AL/A.Dir 構文 [絶対格主語・処格または方向格補語]


「判断動詞」は、一語一語が独自の構文を要請し、また形態論上もそれぞれ独自の様相を示す、興味深い動詞範疇です。

______________________________________________________________________


12.7.1. di3onen 「別のものと取り違えられる」


構文 :「ある人が[絶対格]あるものと[叙述語(絶対格)]取り違えられる」


Him mendraşa bere di3’onen. (AŞ) あの人は遠目には子供と取り違えられる。

~ Heya mendrale bere di3’onen. (FN)


Hini mendraşa bere di3’onenan. (AŞ) あの人たちは遠目には子供に見える。

~ Hentere mendrale bere di3’onenan.(FN)


この動詞は「主語がまったくなんの動作もしない」点で「静態」ですが、静態動詞

と違って完了相があります。全人称に活用します。基本的な法は直説法のみで、可能

法、非人称法、経験法はありません。活用については次の章を見てください。

______________________________________________________________________


12.7.2. dva3’onen[2] (西) ~ da3’onen[2] () ~ a3’onen[2] (HP) ~ a3’onapun ÇX)「別人と思い込む」


構文 :「ある人が[与格]ある人を[絶対格]別のある人だと[叙述語・絶対格]思い込む」


完了相基本形の例 :


Xasanis ma Xuseni dva3’onu. (PZ) Xasani君は私をXuseni君だと思い込んだ。

Xasani ma Xuseni dva3’onu. (ÇM)(AŞ)

Xasaniz ma Xuseni da3’onu. ()

Xasanis ma Xuseni a3’onu. (HP ~ ÇX)


この動詞は、直説法で与格主語を要請しますが、静態動詞でも移態動詞でもありま

せん。静態動詞と違って完了相があります。また移態動詞と違って完了相は、過去の

出来事を表わします。


同音語 ADø静態動詞「 気に入る」 (中・東) (→ 12.2.4.8.)

______________________________________________________________________


12.7.3. numgums (PZ) ~ numgvams (ÇM) ~ nungvams (AŞ) ~ nungams () ~ nungaps (HP) ~ nugaps (ÇX)「似ている」


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●●● 語義が継続相であるため、この動詞には未完了相しかありません。この特徴は静態動詞と共通です。


しかしこの動詞が表わすものは、「坐っている」のように「客観的に即座に確認できる状態」ではなく、「知っている」や「痛む」のように「当人に質問すれば確認できるかもしれない内面的な状態」でもなく、ひとえに「話者の主観による判断」です。本稿では、この点を重視して、判断動詞と分類しています。


なおこの動詞の「与格補語」は「話者が行なう勝手な比較の標的・対象」です。

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構文 :「ある人が[絶対格]ある人に[与格]似ている」


Xasani Xusenis numgums-i? (PZ) Xasani君はXuseni君と似ているか。

~ Xasani Xuseni numgvams-i ? (ÇM)

~ Xasani Xuseni nungvams-i ? (AŞ)

~ Xasani Xuseniz nungams- i? ()

~ Xasani Xuseniz nungaps-i ? (HP)

~ Xasani Xusenis nugaps-i ? (ÇX)


比較の対象は一・二人称でもあり得ます。


Xasani ma memingams. ()  Xasani君は僕と似ている。

Si ma memingam. () あなたは私に似ている。

Ayşe do Emine si megingaman. () AyşeさんとEmineさんはあなたに似ている。


この語の動詞前辞{me-} (母音の前で{n-})は機能不明です。話題の人物が話し手に似ている場合でも{me-}{mo-}で置き換わることはありません。


下のように別の動詞前辞{ok’o-}を伴った形もあります。


ok’umgums ~ okumgvams ~ ok’ungvams ~ ok’ungams ~ ok’ungaps ~ ok’ugaps

「互いによく似ている」

(主語は常に複数ですが、三人称複数主語で動詞が単数形の例が多数あります)

______________________________________________________________________


12.7.4. numgvapams/numgvapinams (PZ) ~ numgvapinay (***) (ÇM) ~ nungvapay (AŞ) ~ nungapams () ~ nungapaps (HP) ~ nugapaps (ÇX)

「人違いする、似た人と取り違える」


●●● この動詞は、いかにも前項の動詞から派生した使役動詞のように見えますが、別物です。そう結論する理由は次のとおりです。


[1] 語義 : 「似ているので取り違える」人は「似ることを命令したり強制したり画策したり」するのではありません。


[2] 形態と構文 : この動詞は、能格主語と絶対格補語に照応します。ラズ語の動詞で語幹頭母音が{i-/u-}なのに「与格補語のように見えるもの」に照応しない唯一の例です(この補語の格は、与格と同形態の処格であると解釈すべきものなのかもしれません)。使役動詞とは見做し得ず、他のどんな範疇にも入りません。


[3] 活用体系 : この動詞には、使役動詞と違って、可能法があります(*)


トルコ語で「似ている」はbenziyor、「取り違える」はbenzetiyorと言います。後者は、形態上「使役動詞」で、逐訳は「似させる、似るように仕向ける」です。構文は「ある人が[主格]ある人を[対格]ある人に[向格]似させる」です(トルコ語は能格言語ではありません)。ラズ語とトルコ語の二言語併用生活が続くうちにトルコ語のこの動詞の形態と構文をなぞった「ある人が[能格]ある人を[絶対格]ある人に[処格・向格]似させる」という表現が成立したのだと仮定すると、「ラズ語の既成のどんな範疇にも入らない」特異性が説明できます。

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用例 :

Nazmik ma Xasanis memimgvapams. (PZ)

~ ø (***) (ÇM)

~ Nazmi ma Xasani(şa) memingvapay. (AŞ) (1)

~ Nazmik ma Xasaniz memingapams. ()

~ Nazmik ma Xasaniz memingapaps. (HP)

~ Nazmik ma Xasanis memigapaps. (ÇX)


Nazmi君は私をXasani君と取り違えている」


(1) Ardeşen方言群では、三人称に限り、融合斜格の代わりに双方向格をも用います。能格・与格・処格接辞の消滅の跡の曖昧さを避けるために双方向格接辞{-şa}を用いるようになったものと考えられます。

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(*) この動詞の可能法 : namgvapen ~ nangvapen ~ nangapen ~ nagapen

「うっかり人違いしてしまう(が自分で間違いに気付く)


構文「ある人が[与格]ある人を[絶対格]別のある人と[ 処格]人違いする」(2)


Ardeşen方言では与格・処格(融合斜格)の代わりに双方向格を用います。

Ma him baba-sk’anişa memangvapu. (AŞ-Ok’ordule) (3)


「私はあの人を君のお父さんと間違えてしまった(がすぐに気が付いた)


(2) 仮に第三項が与格であるとすると「一つの動詞について与格の項は一つしか現れない」という大原則を破る例外だということになります。

(3) この文例はOk’ordule村出身の Tahsin Ocaklı氏からの報告によっています。

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(***) Çamlıhemşin方言では、namgvapenはよく用いますが、*numgvapamsの用例は見当たりません。


その代わりnumgvapinamsという形態があります(4)


Nazmi ma Xasani memimgvapinay. (ÇM)

/ Nazmi ma Xasani namgvapen.


Nazmi君は私をXasani君と取り違えている」


(4) これはPazar方言にもあります。使役動詞の場合とは逆に、形態素{-ap}の後に{-in}が続いています

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12.7.5. 「値する」を意味する動詞


12.7.5.1. ğirs ~ ğins

12.7.5.2. ğirun


Ardeşen郡やArhavi郡の広い範囲でこの項の動詞を「聞いたことがない」という人に遇います。分布状況について詳しい調査が必要です。

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12.7.5.1. ğirs (PZ) + (FN-Sumla ~ ÇX)};

ğins (FN-Ç’anapet, Ç’ennet など)

「値[あたい]する、価値がある」


肯定冠接辞がつくとkoğirs ~ koğinsという形態になります。

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[A] 「人物の価値」構文  :「ある人が[絶対格]あるものに[処格または方向格]値する」


肯定文


Aşela ham dunyas koğirs. (PZ) Aşelaさんにはこの世界ほどの値がある

~ Aşela ham kiyanaz koğins. (FN-Ç’anapet)

~ Aşela ham kianaşa koğirs. (FN-Sumla)

~ Aşela am dunyas koğirs. (HP)(ÇX)



否定文


Him mutis va-ğirs. (PZ) あの人は、なににも値しない

あいつには何の取り柄もない、役立たずだ

~ Heya mutuz va-ğins. (FN-Ç’ennet)

~ Heya çkar mutuz va-ğirs. (FN-Sumla)

~ Eya mutuz va-ğirs. (HP)

~ İya mutus va-ğirs. (ÇX)


Heya ar kuruşişa-ti va-ğins. (FN-Ç’anapet) あいつには一文の価値もない。

K’ap’ik’işa va-ğirs. (HP) (ロシアの)1コペックの価値もない。



● Ardeşen郡では繋合動詞を使って表現します。


Him mutu var-on. (AŞ) あの人は、なにものでもない。

~ Him mutuşi var-on. (AŞ)

● ArhaviBorğolaでは別の動詞を使って表現します。


Heya çkar mutuz var-ipels. (AH-Borğola) あの人は全然なににも役に立たない。

~ Heya çkar mutuz var-ipelen. (AH-Borğola)

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[B] 「比類ない価値」構文 :「あの人ほどには[処格]なにものも[絶対格]価値がない」


Himus muti va-ğirs. (PZ) あの人ほどの値はなにものにもない。

Heyaz mutu va-ğins. (FN-Ç’anapet)

Emus mutu va-ğirs. (HP)(ÇX)


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[C] 商品の価格」構文 : [ある商品に[処格]ある価格が[絶対格]つけてある](***)


「この桃は(1kgあたり) 6 リラの値段がつけてある」(1)(2)


Ham at’ambas aşi lira koğirs. (PZ)

~ Ham ant’amaz aşi lira koğins. (FN-Ç’ennet)

~ Am ant’amaz aşi lira ğirs. (HP)


●●● (***) FN-Sumela Çxala方言は構文が違います。


Ham ant’ama aşi liras ğirs. (FN-Sumla)

A ant’ama aşi liras ğirs. (ÇX)


(1) トルコでは果物や野菜、肉などの値段は「1kgいくら」と表示します。


(2) 200511日のデノミ (平価切下げ、貨幣称呼の変更) 以降、1 新トルコ・リラ = 1,000,000 (百万) 旧トルコ・リラ。2004年の年の暮れまでは「果物一キロ何百万リラ」という表現が当たり前で「トルコじゃどんな貧乏人でも百万長者なんだよ」という苦笑を誘う表現をよく聞きました。


Ardeşen方言ではmeçams ~ meçay (与える、やる、くれる、払う)という動態動詞の非人称法niçen (不特定多数の人物が与える、払う)を使って表現します。

Ham at’amba aşi lira niçen. (AŞ) この桃に(不特定多数の人間が)6リラ払う。


Fındıklı郡では繋合動詞を使った言い廻しのほうが普通のようです。


Ham at’amba aşi liraz ren. (FN) この桃は6リラです。


Arhavi-Borğola方言では ikoms (する、やる)という動態動詞を使って表現します。


Ham ant’amak aşi lira ikoms. (AH-Borğola) この桃は6リラします。

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12.7.5.2. ğirun (ÇM) 「値[あたい]する、価値がある」


Çamlıhemşin方言では処格は「融合斜格」になっていて、絶対格などとの形態上の区別がありません。後置詞şuk’u (~ ほど)を使うなどして意味がはっきりするような別種の構文への進化が観察できます。


Bere-şk’imi ar me3’omilu xuteçi 3’ana şuri na-giğut’asen şuk’u koğirun. (ÇM-Ğvant)

「我が子を一目見ることは、百年生きるほどに値する」


K’apça 3’ulu n. Hik’u var-ğirun. (ÇM-Ğvant)

「アンチョビは、小ぶりだね。それほどの値[あたい]はないよ」


Himu şeni obgaru var-ğirun. (ÇM-Ğvant)

「それは泣くほどのことじゃない」


Na-ğirunşa mboli dik’vandi-i, var-gamogaçasen. (ÇM-Ğvant)

「値打ちよりも高い値段をつけると売れないよ」


Ham supara eçi do vit’oçxoro cenç’areri koğirun. (ÇM-Ğvant)

「この本は、39リラの値打ちがある」